君主論、政略論・解説

「君主論（１５１３年）」「政略論（１５１７年）」は、ルネッサンス期のイタリアで活躍した特異な天才ニッコロ・マキャベリ（１４６９～１５２７）の著書である。原名は「プリンシップ」および「ディスコルシ」。わが国の足利後期にあたる当時のイタリアも戦国時代で、外敵集中攻撃の脅威下にあるにもかかわらず、小国に分立して内戦に熱中し、しかも各小国の指導者たちは、その小国内で、階級と党派間の闘争に没頭していたのである。マキャベリはこの小国の一つ、都市国家フィレンツェにおける外交と軍事の機務に携わること十四年に及び、その間イタリア内の諸国はもちろん、フランス、ドイツ、スイスの諸外国を駈け回って縦横に才腕を揮うとともに、異色ある各国の君主や実力者などにじかに接して、その統治、外交、軍事の実体を見聞し、体験した。そして彼は、この難局において、祖国フィレンツェを防衛し繁栄させるとともに、統一イタリアを実現して、外国勢力を駆逐することに精根を傾けたのである。「君主論・政略論」はその経験とローマ史研究にもとづく信念を結集し、ヨーロッパで初めて科学的総合的に「国家戦略」というものをまとめあげた兵書であり、同時に彼の悲願を結晶させた「憂国の書」である。マキャベリが最も関心を持ったのは政治であるが、その問題の中で重視したのは軍事であり、彼の主張はヨーロッパにおける近代兵学の源流をなして、フリードリッヒ大王やナポレオンなどの兵術とクラウゼウィッツの兵学に大きく影響している。

君主論

1. 武力があれば侵略はできるが、住民の心を得なくては、これを維持できない。
2. いったん謀反により失った領土を再び手に入れた場合は、今度は容易に失うことはない。
3. 人間は大いなる迫害に対しては復讐できない。
4. 戦争を避けることばかり考えていれば、ますます不利になる。時は、善をも悪をもかまわず連れてくる。
5. 他国が強くなるのを助ける国民は自滅する。
6. 自治制国家を占領したら、国民を抹殺するか、君主自らそこに住め。
7. 反乱者は、いかに恩恵を与えても、かつての自由を口実として、また反乱する。
8. 実力によって君主となる者は、征服には困難するが、征服後の維持には困難しない。
9. 征服国には、新しい秩序や政治様式を導入しなければならないが、これには大きな困難がある。従来の秩序や政治様式の恩恵を受けてきた者は結束してこれに反対し、機敏積極的であるが、新しい秩序や政治様式の導入を支持すべき者は、それに反対する不信感と旧勢力に対する恐怖感を拭い切れず、消極緩慢だからである。
10. 武器なき預言者（聖者・人格者）は滅びる。
    ・道徳だけで治めていた国は必ず武力で滅ぼされている。（韓非子）
11. 他人の武力または自らの幸運によって国を手に入れた君主は、すぐ裏付施策をしないと危ない。しかし、これは難しい。建物をたててしまってから基礎工事をするようなものだからである。
12. 君主は人を捨てることを知れ。
13. 悪虐君主でも、悪虐を繰り返さねば成功する。
14. 好ましくないことは、一度に全部やってしまえ。
15. 人間は、迫害を受けると思った者からわずかな恩恵を受けると、感激する。
    ・終戦後、マッカーサー万歳！といった日本人がいた。
16. 君主は、民衆の支持を得ていると錯覚してはならない。彼らが「わが君のためには死をも辞さない」というのは、死を必要としないときだけである。
17. 民衆の支持を得た代官は君主を倒すことができる。
18. 属領（主戦場以外の正面）のために戦力をさくな。
19. 人間は、人に恩恵を与えると、恩恵を受けたのと同じぐらい、その人のために尽くす。
    ・たくさん寄進した者ほど熱心な信者となる。
20. 国の基礎をなすものは、良い法律と良い武力である。
21. スイス人は、外国援軍が負ければ敵に滅ぼされ、勝てば彼らの虜にされる。
    ・援軍は、その実戦わざるなり。（尉繚子）
22. 君主は軍事に専念せよ。
    ・経営者は経営に専念せよ。（P.F ドラッカー）
23. 君主には悪徳も必要である。どの程度まで善人であればよいかをわきまえておれ。
    ・経営にとって、人格者ほど危ないものはない。（井上準之助） 経営者には横着さと神経の太さが必要である。（越後正一）
24. 君主は、あるときは善をなし、あるときは悪ができねばならない。悪人との妥協も必要である。国を滅ぼすような悪や国の存亡に関係のない悪をしてはならない。
25. 君主の美徳が国を滅ぼし、悪徳が国を栄えさすことがある。
26. 君主は吝であれ。気前がよくても増税すれば怨まれる。君主の気前よさの恩恵に浴する者は近くにいる少数であるが、その被害者は多数である。
27. 人民は単純であり、目先の利益によろめき、明日の致命的不利を思わない。
28. 君主に大切なことは、真義を守り、仁慈、誠実で、人情にあつく、信心深そうに見えることである。本当にそうであり、常にそのすべてを実行すれば失敗する。善く見せかけることは容易である。人民は外見と結果だけで判断する。
    ・虚名の威力は絶大である。
29. 君主は憎まれたり、見くびられたりしてはならない。
30. 重臣や側近から「不決断なり！」と見くびられた君主は危ない。
31. 君主に強い軍隊があるかぎり、善良なる同盟国に不自由することはない。
    ・金がなくなると、悪友も寄りつかない。
32. 君主は愛されるより恐れられよ。恐れられるほうが安全である。
33. 君主は恐れられてもよいが、恨まれてはいけない。
34. 君主は、真義など守らなくてもよいことがある。
35. 狐をよくまねる者ほど成功する。
36. 不平家に反乱の本心を打ち明けた者は、必ずその不平家を満足させねばならない。密告するぞ・・・と脅されるからである。
37. 君主が憎まれる原因には、悪行と善行の二つがある。
38. ピサを治めるには城塞をもってし、ピストイアを治めるには派閥争いをさせる。
39. ことさらに敵を作り、これを滅ぼして名声をあげよ。
40. 侵略者を率先歓迎する者は信じられない。
41. 新君主が尊敬を集めようと思ったら、人々の度肝をぬけ。
    ・ナポレオンはただ勝つだけでは権威を獲得できなかった。そのため彼は冬のアルプスを越えて見せた。
42. 決断力のない君主は中立に逃避して滅びる。
43. 味方でない国には中立をせまり、中立したら、わが国のために武器をとらせる。
44. 自国より強い国の手を借りるな。たとい勝っても、獲物を横取りされ、悪くすれば自身がその国の捕虜にされる。
45. 君主の頭脳の程度は、その宰相をみればわかる。
46. 君主は宰相を優遇せよ。しかし与えるもの以上を望ませるな。
47. へつらい者を避けるには、賢い側近をえらび、その者たちだけに直言させよ。
48. 進言を生かすものは君主自身である。良い進言は君主の深い思慮から生まれるべきであり、良い進言から君主の深い思慮が生まれるようではいけない。
49. 運命は河である。阻止はできないが管理はできる。
50. 自分自身を運命にまかせている者は、運命とともに浮沈する。自分のやり方と運命の波動とを調和させた者は、つねに幸福である。
51. 運命の神は女性である。彼女を征服するには叩いたり、突飛ばしたりする必要がある。
52. 運命は女性に似て若者の友であり、無分別で、荒々しく、大胆なところに魅力を感じる。
53. やむにやまれぬときの戦いは正義であり、他に方法がないときの武力行使もまた神聖である。

政略論・国家

1. 政体は循環する。君主政　⇒　僭主政　⇒　貴族政　⇒　寡頭政　⇒　民主政　⇒　衆愚政　⇒　君主政　と滅亡するまで循環する。
2. 二代目、三代目の君主がともに無能な国は危ない。
3. 良い君主が二代続けば偉大な事業ができる。
4. 創立は独裁的に、維持は民主的にする。
5. 人民の腐敗堕落した国を維持するには少数の専断が必要である。
6. 大国主義と小国主義
   ・大会社をめざすのか、小会社に止めるのか、初めからはっきり決めておけ。ずるずると大きくなるのは危険。
7. 新たに征服した国で僭主政を行うには、すべてをはっきり変え、民主政を続けるときには、内容を変えても、外見をそのままにしておく。
8. 君主は将軍の名声を喜ばない。
   ・源義経はこのことを考えるべきであった。
9. 共和国は優れた人物の出るのを好まない。
   ・キッシンジャーはこのことを思わねばならなかった。
10. ローマでは高官につく者の資格として、年齢や門閥が問題とされたことはない。
11. 国が必要とするのは、上級職から下級職に不平なく転出する人物である。

政略論・統率

1. 賞はわずかでよい。
2. 功績があるからといって、罪をゆるすことはできない。
3. 部下の大切にしているものを取り上げるな。
4. 人間は何でも望めるが、何一つ望みどおりにはできない。
5. 人間は万事順調ならば退屈する。
6. 人間は名誉よりも財産を重んじる。
7. 大局は誤りやすく、身近な問題は誤らない。
8. その局に当たらせてみよ。
9. 民衆はうわべの立派さに眩惑される。
10. 群集は大胆であるが、各人が自分のことを考え始めると弱くなる。
11. 危機に当面してから国民に恩恵を与えるのでは、おそい。かえって見くびられる。
12. 必要にせまられてすることも、自主的に行うふりをせよ。
13. 敵の陣営には弱気な者を入れておけ。
14. 暴徒には指導者を与えたほうが扱いやすい。

政略論・革新

1. 組織は時々洗い直せ。
2. 制度を改めるには非常手段が必要である。
3. 既得権を侵害するな。
4. 昔から尊重されてきた法律・制度・習慣を破壊した君主は国を失う。
5. 立法者が、自分で立法した法律をおかすほど、国を害することはない。
6. 医者が悪いのではなく、病気が悪いのである。
7. 紛争はよい法律の母である。しかし、階級闘争に熱中していると独裁者を生む。
8. 告発（公共機関にかけ、証拠を提出して、法的に非難する）は良いが、中傷（陰口）は悪い。
9. 共和国は、国庫を豊かにし、市民を貧しくせよ。

政略論・戦略

1. 国の強弱は金の動きでわかる。金で友好を買うのは弱国である。
2. 弱国は戦いを強要され、自力で平和を保つことができない。
3. 弱国のおかす最大の失敗は、和平の提案を受ける勇気を持たないことである。
4. 弱国はつねに不決断である。君主に決断のないほど国を危うくするものはない。
5. あまり攻めたてるな。
6. 名声はあっても、実力のともなわない国とは同盟するな。
7. 同盟が破棄されることも、考えておれ。
8. 共和国との同盟のほうが、君主国との同盟よりも信頼できる。
9. 外国の援助要請を拒否すれば、その国を失う。援助して失敗すれば自国をも失う。
10. 実力以上の仕事をするには謀略が必要である。
11. 敵中に味方をつくれ。
12. 内紛に乗じても、不用意に攻めると不覚をとる。逆に団結を促すことがある。
13. フィレンツェはピストイアを分裂統治しようとして、自分のほうが分裂した。
14. 戦争の勝敗を決するものは、財力ではない。
    ・戦争を決するものは財政である。（フリードリッヒ大王）
15. 自国民で軍隊を編成できない君主は失格である。
16. 戦いの勝敗を決するものは将帥にあり。
17. 困難な事態にならないと、人物は現れない。
18. 指揮官は複数ではいけない。
19. 出征軍司令官には絶大な権限を与え、しかも無暗に罰しない。
20. 城塞は無用である。支配者を守るためにも、領土を維持するためにも役にたたない。
21. 戦争は大軍を投入して、短期間に勝を決せよ。
22. 無暗に配兵するな。配兵しなければ敗戦はない。
23. 持久作戦は、我が軍が精鋭で敵軍が攻撃をためらうか、敵軍が物資欠乏で永く戦場に留まれないなどの、戦理上有利な条件が確実にある場合のほか、取るべきものではない。
24. 最初の一撃を持ちこたえよ。
25. 断行して、敵の度肝をぬけ。
26. 前哨戦を誤ると全軍が崩壊する。
27. 戦勝と戦敗は同じように見える。
28. 無暗にゆずるな。国家の威信をそこなうようなことは絶対にしてはならない。我が国が武器を投げ出せば、今までの味方までが敵にまわる。
29. 過望を戒めよ。次善の策の欠点を嫌うあまり、最悪の策を掴むような愚をするな。
30. 強制されて結んだ約束は守らなくてよい。
31. 占領民には、支配されているという印象を与えるな。
    ・占領民に言え！罪は一人にありと。（六韜）　悪いのはあの暴君一人だ。彼から開放してやったのだ。さあ手を握って進もう・・・など。
32. 征服した国の君主の血統は根絶せよ。歴史・国語・宗教を抹殺せよ。新しい宗教を新しい言葉で布教させればよい。
33. たった一度の敗戦ではないか！ローマ人はどんな悲境に陥っても決して卑屈にならず、どんな大きな幸福に恵まれてもおごり高ぶることはなかった。
34. 戦いに敗れたら外交で勝て。