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三 略さん りゃく


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三略 司馬法尉繚子
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統帥綱領作戦要務令海戦要務令
野外令五輪書兵法家伝書

三 略さん りゃく


三略・解説

「三略(600年頃)」武経七書の中で黄石公六韜・三略として著明な兵書で「韜略」という言葉はそのまま軍略を指すほどである。しかし作者不詳で成立年代も漢代末期、随以前等の説がある。六韜も三略も太公望ゆかりの兵書と云われるがその記述内容と形式は全く異なる。漢の高祖「劉邦(前256~前195)」の帷幄に在って此の如く謀り殊絶の功を建て帝王の師として後世にその名を揚げた「張良(前251~前186)」ゆかりの兵書が「三略」である。史記の「留侯世家」では韓の相国の家に生まれた張良は「秦」に滅ぼされた祖国「韓」のため復讐を企て巡行中の始皇帝を博浪沙で襲ったが失敗する。名を偽り下邳に隠れていた折に「黄石公」なる老人より一編の書を授かる。夜があけてその書を見れば太公望の兵書であった。不思議に思って日々朝夕通読し続けた結果、黄石公の予言通り十数年後には漢高祖劉邦の軍師として先ず宿敵の項羽を討ち、ついに祖国父祖の仇の秦を滅ぼした。この下邳の橋の上で授かった兵書が「黄石公三略」と伝わる。上略、中略、下略に浅深優劣は無く各篇は簡明簡潔に古書の名を借りて治世と戦(いくさ)の本質を表現している。張良を讃えて「帷幄の中で籌(ちゅう・計略)を巡らし千里の外に勝を決す」と云われるように個々の戦闘戦場の記載はない。武経七書はじめ作者不詳の古の兵書は後人の偽作として扱われるが、そこにある千載の風雪に耐えうる真理こそ名を潜め道を抱き続けた者の九地埋言である。やがて読み解く者の心を打って九天に舞う。


上 略

  1. それ主将の法は、務めて英雄の心を擥り有功を賞禄し、志を衆に通ず。故に衆と好みを同じうすれば、成らざるは靡く衆と悪を同じうすれば、傾かざるは靡し、国を治め家を安んずるは、人を得ればなり。国を亡ぼし家を破るは、人を失へばなり。含気の類は、咸くその志を得んことを願ふ。
  2. 軍讖に曰く「柔は能く剛を制し、弱は能く強を制す」と。柔は徳なり、剛は賊なり。弱は人の助くる所。強は怨の攻むる所なり。柔、設くる所あり、剛、施す所あり、弱、用ふる所あり、強、加ふる所あり。この四者を兼ねて、その宜しきを制す。
  3. 端末、未だ見はれず、人、能く知るなし。天地の神明、物と推移し、変動して常なし。敵に因りて転化す。事の先と為らず、動けば輒ち随ふ。故に能く無疆を図制し、天威を扶成し、八極を匡正し、九夷を密定す。かくのごとく謀る者は、帝王の師たり。
  4. 故に曰く、「強を貪らざるなく、能く微を守ること鮮し」と。もし能く微を守らば、乃ちその生を保たん。聖人これを存して以て事の機に応ず。これを舒ぶれば四海に弥り、これを巻けば懐に盈たず、これを居くに室宅を以てせず、これを守るに城郭を以てせず、これを胸臆に蔵して、敵国服す。
  5. 軍讖に曰く、「能く柔に能く剛なれば、その国弥々光あり、能く弱に能く強なれば、その国弥々彰はる。純ら柔に純ら弱なれば、その国必ず亡ぶ」と。それ国を為むるの道は、賢と民とを恃む。賢を信ずること腹心のごとく、民を使ふこと四肢のごとくすれば、則ち策、遺すことなし。適く所、肢体の相随ひ、骨節の相救ふがごとし、天道の自然、その巧、間なし。
  6. 軍国の要は、衆心を察し、百務を施す。危ふき者はこれを安じ、懼るる者はこれを歓ばし、叛く者はこれを還し、冤なる者はこれを原し、訴ふる者はこれを察し、卑しき者はこれを貴くし、強き者はこれを抑へ、敵する者はこれを残ひ、貪る者はこれを豊かにし、欲する者はこれを使ひ、畏る者はこれを隠し、謀ある者はこれを近くし、讒する者はこれを覆し、毀る者はこれを復し、反する者はこれを廃し、横なる者はこれを挫き、満つる者はこれを損じ、帰する者はこれを招き、服する者はこれを居き、降る者はこれを脱す。
  7. 固きを獲てはこれを守り、阨を獲てはこれを塞ぎ、難を獲てはこれに屯し、城を獲てはこれを割き、地を獲てはこれを裂き、財を獲てはこれを散ず。敵動けばこれを伺ひ、敵近づけばこれに備へ、敵強ければこれに下り、敵佚すればこれを去り、敵陵げばこれを待ち、敵暴なればこれを綏んじ、敵悖ればこれを義し、敵睦めばこれを携す。挙に順つてこれを挫き、勢いに因りてこれを破り、言を放ちてこれを過め、四もに網してこれを羅む。得て有するなかれ、居りて守るなかれ、抜きて久しうするなかれ、立ちて取るなかれ。
  8. 為す者は則ち己、有する者は則ち士、いづくんぞ利の在るところを知らん。彼は諸侯たり、己は天子たり。城をして自ら保たしめ、士をして自ら取らしむ。
  9. 世能く祖を祖とすれども、能く下を下とすること鮮し。祖を祖とするは親たり、下を下とするは君たり。下を下とする者は。耕桑を務め、その時を奪はず、賦斂を薄くし、その財を匱しくせず、徭役を罕にし、それをして労せしめざれば、則ち国富んで家娯しむ。然る後に士を選んで以てこれを司牧す。
  10. それ所謂士とは、英雄なり。故に曰く、「その英雄を羅すれば、則ち敵国窮す」と。英雄は国の幹。庶民は国の本なり。その幹を得、その本を収むれば、則ち政行はれて怨むものなし。
  11. それ兵を用ふるの要は、礼を崇くして禄を重くするにあり。礼崇ければ、則ち智士至り、禄重ければ、則ち義士死を軽んず。故に賢をを禄するに財を愛まず、功を賞するに時を踰えざれば、則ち下の力併せて敵国削らる。
  12. それ人を用ふるの道は、尊ぶに爵を以てし、贍はすに財を以てすれば、則ち士、自ら来る。接するに礼を以てし、励ますに義を以てすれば、則ち士それに死す。
  13. それ将帥は必ず士卒と滋味を同じうし、安危を共にすれば、敵乃ち加ふべし。故に兵、全勝あり、敵、全因あり。むかし良将の兵を用ふるや、簞醪を饋るものあり。これを河に投ぜしめ、士卒と流れを同うして飲む。それ一簞の醪は、一河の水を味すること能はず、しかるに三軍の士、ために死を致さんと思ふものは、滋味の己に及べるを以てなり。
  14. 軍讖に曰く、「軍井、未だ達せざれば、将、渇けるを言はず。軍幕、未だ弁ぜされば、将、倦めるを言はず、軍竈、未だ炊かざれば、将、飢ゑを言はず。冬は裘を服せず、夏は扇を操らず、雨ふれども、蓋を張らず。これを将の礼と謂ふ」と。これと安く、これと危ふくす、故にその衆、合すべくして離すべからず。用ふべくして疲るべからず。その恩、素より蓄へ、謀、素より合ふを以てなり。故に曰く、恩を蓄へて倦まざれば、一を以て万を取る。
  15. 軍讖に曰く、「将の威を為す所以のものは、号令なり。戦の全く勝つ所以のものは、軍政なり。士の戦を軽んずる所以のものは、命を用ふればなり」と。故に将は命を還すことなく、賞罰必ず信あること、天のごとく地のごとく、乃ち人を御すべし。士卒、命を用ひ、乃ち境を越ゆべし。
  16. それ軍を統べ、勢ひを持するものは将なり。勝ちを制し、敵を破るものは衆なり。故に乱将には、軍を保たしむべからず、乖衆には、人を伐たしむべからず。城を攻むれば抜くべからず、邑を図れば廃せず。二者功なくんば、則ち士力疲弊す。士力疲弊すれば、則ち将孤にして衆悖る。以て守れば、則ち固からず、以て戦へば、則ち奔り北ぐ、これを老兵と謂う。
  17. 老兵ゆれば、則ち将の威、行はれず。将、威なければ、則ち士卒、刑を軽んず。士卒、刑を軽んずれば、則ち軍、伍を失す。軍、伍を失すれば、則ち士卒逃亡す。士卒逃亡すれば、則ち敵、利に乗ず。敵、利に乗ずれば、則ち軍必ず喪びん。
  18. 軍讖に曰く、「良将の軍を統ぶるや、己を恕りて人を治む」と。恵を推し恩を施せば、士の力、日に新たなり。戦ふこと風の発するがごとく、攻むること河の決するがごとし。故にその衆の望むべくして当たるべからず、下るべくして勝つべからず。身を以て人に先んず、故にその兵、天下の雄となる。
  19. 軍讖に曰く、「軍は賞を以て表となし、罰を以て裏となす」と。賞罰、明かなれば、則ち将の威、行はる。官人得れば、則ち士卒服す。任ずるところ賢なれば、則ち敵国震ふ。
  20. 軍讖に曰く、「賢者の適くところは、その前になし」と。故に士には下るべくして、驕るべからず。将は楽しむべくして、憂ふべからず。謀は深かるべくして、疑ふべからず。士、驕れば、則ち下、順ならず。将、憂ふれば、則ち内外相信せず。謀、疑へば、則ち敵国奮ふ。これを以て攻め伐てば、則ち乱を致さん。それは将の国の命なり。将、能く勝を制すれば、則ち国家安定す。
  21. 軍讖に曰く、「将は能く清く、能く静かに、能く平かに、能く整ひ、能く諫を受け、能く訟えを聴き、能く人を納れ、能く言を採り、能く国俗を知り、能く山川を図り、能く険難を表し、能く軍権を制すべし」と。故に曰く、仁賢の智、聖明の慮、負薪の言、廊廟の言、興衰の事、将の宜しく聞くべきところなり。
  22. 将たる者能く士を思ふこと渇するがごとくなれば、則ち策従ふ。それ将、諫を拒げば、則ち英雄散ず。策従はれざれば、則ち謀士叛く。善悪同じければ、則ち功臣倦む。己を専らにすれば、則ち下、咎を帰す。自ら伐れば、則ち下、功少し、讒を信ずれば、則ち衆、心を離す。財を貪れば、則ち姦、禁せず。内に顧みすれば、則ち士卒、淫す。将、一あれば則ち衆、服せず。二あれば、則ち軍に式なし。三あれば、則ち下、奔り北ぐ。四あれば、則ち禍、国に及ぶ。
  23. 軍讖に曰く、「将の謀は密なることを欲し、士衆は一なることを欲し、敵を攻むるには疾からんことを欲す」と。将の謀、密なれば、則ち奸心閉づ。士衆一なれば、則ち軍心結ぶ。敵を攻むること疾ければ、則ち備え設くるに及ばず。軍にこの三者あれば、則ち計、奪はれず。
  24. 将の謀泄るれば、則ち軍に勢なし。外、内を闚へば、則ち禍、制せられず。財、営に入れば、則ち衆奸、会る。将にこの三者あれば、軍必ず敗る。将に慮なければ、則ち謀士、去り、将に勇なければ、則ち吏士、恐る。将、妄りに動けば、則ち軍重からず。将、怒りを遷せば、則ち一軍懼る。
  25. 軍讖に曰く、「慮や、勇や、将の重んずるところなり。動や、怒や、将の用ふるところなり。この四者は、将の明誡なり」と。
  26. 軍讖に曰く、「軍に財なければ、士、来らず。軍に賞なければ、士、往かず」と。
  27. 軍讖に曰く、「香餌の下には、必ず死魚あり、重賞の下には、必ず勇夫あり」と。故に礼は、士の帰するところ、賞は、士の死すところを示せば、則ち求むるところのもの至る。故に礼して後に悔ゆる者には、士、止まらず、賞して後に悔ゆる者には、士、使はれず。礼賞、倦まざれば、則ち士、死を争ふ。
  28. 軍讖に曰く、「師を興すの国は、務めて先づ恩を隆んにす。攻め取るの国は、務めて先づ民を養ふ。寡を以て衆に勝ものは、恩なり。弱を以て強に勝つものは、民なり」と。故に良将の士を養ふは、身に易へず。故に能く三軍をして一心のごとくならしめば、則ちその勝ち全かるべし。
  29. 軍讖に曰く、「兵を用ふるの要は、必ず先づ敵情を察し、その倉庫を視、その糧食を度り、その強弱を卜し、その天地を察し、その空隙を伺ふ」と。故に国に軍旅の難なきに、糧を運ぶものは、虚なり。民に菜色あるものは、窮するなり。千里に糧を饋れば、士に飢色あり、樵蘇して後に爨げば、師、宿飽せず。
  30. それ糧を百里に運べば、一年の食なし。二百里なれば、二年の食なし。三百里なれば、三年の食なし。これを国虚しと謂ふ。国虚しければ、則ち民貧し。民貧しければ、則ち上下親しまず。敵、その外を攻め、民、その内に盗む。これを必ず潰ゆと謂う。
  31. 軍讖に曰く、「上、虐を行へば、則ち下、急刻なり。賦重く斂数々にして、刑罰極りなければ、民、相残賊す。これを亡国と謂ふ」と。
  32. 軍讖に曰く、「内貪り、外廉に、誉を作り、名を取り、公を竊みて恩となし、上下をして昏からしめ、躬を飾り、顔を正し、以て高官を獲るこれを盗の端と謂ふ」と。
  33. 軍讖に曰く、「群吏朋党し、各々親しむところを進め、奸枉を招挙し、仁賢を抑へ挫き、公に背き、私を立て、同位相訕る。これを乱の源と謂ふ」と。
  34. 軍讖に曰く、「強宗聚り姦し、位なくして尊く、威、震はざるはなく、葛藟のごとく相連り、徳を種ゑ恩を立て、在位の権を奪ひ、下民を侵し侮る。国内、譁諠し、臣、蔽れて言はず。これを乱の根と謂ふ」と。
  35. 軍讖に曰く、「世世姦を作し、県官を侵し盗み、進退して便を求め、委曲して文を弄し、以てその君を危ふくす。これを国姦と謂ふ」と。
  36. 軍讖に曰く、「吏多くして民寡く、尊卑相若き、強弱相虜めて、適に禁禦するなければ、延いて君子に及び、国、その害を受く」と。
  37. 軍讖に曰く、「善を善として進めず、悪を悪として退けず、賢者は隠蔽し、不肖、位に在れば、国、その害を受く」と。
  38. 軍讖に曰く、「枝葉強大にして、比周、勢に居り、卑賤、貴を陵ぎ、久しくして益々大なれども、上、廃するに忍びざれば、国、その敗を受く」と。
  39. 軍讖に曰く、「佞臣、上に在れば、一軍、皆訟ふ。威を引いて自ら与し、動いて衆に違ふ、進むなく、退くなく、苟然として容を取り、専ら自己に任せ、挙措、功に伐り、盛徳を誹謗し、庸庸を誣述し、善となく、悪となく皆己と同じうす。行事を稽留し、命令、通ぜず、苛政を造作し、古を変じ常を易ふ。君、佞人を用ふれば、必ず禍殃を受く」と。
  40. 軍讖に曰く、「姦雄、相称して主の明を障蔽し、毀誉並び興り、主の聡を壅塞す。各々私する所に阿り、主をして忠を失はしむ」と。故に主、異言を察すれば、乃ちその萌を覩る。主、儒賢を聘すれば、姦雄、乃ち遯る。主、旧歯に任ずれば、万事、乃ち理る。主、巌穴を聘すれば、士、乃ち実を得。謀ること負薪に及べば、功、乃ち述ぶべし。人心を失はざれば、徳、乃ち洋溢せん。

中 略

  1. それ三皇は、言ふことなくして、化、四海に流る。故に天下、功を帰する所なし。帝は、天を体し、地に則り、言あり、令あり、而して天下太平なり。君臣、功を譲り、四海に化行はれ、百姓、その然る所以を知らず。故に臣をして、礼賞を待たずして、功あらしむれば、美にして害なし。
  2. 王者は、人を制するに道を以てし、心を降し志を服し、矩を設けて衰に備ふ。四海会同し、王職、廃せず、甲兵の備ありと雖も、しかも戦闘の患なし。君、臣を疑ふことなく、臣、主を疑ふことなく、国定まり、主安く、臣は義を以て退く、また能く美にして害なし。
  3. 覇者は、士を制するに権を以てし、士を結ぶに信を以てし、士を使ふに賞を以てす。信、衰ふるときは、則ち士疎く、賞、虧くるときは、則ち士、命を用ひず。
  4. 軍勢に曰く、「軍を出し、師を行るには、将、自ら専らにするに在り。進退、内より御すれば、則ち功、成り難し」と。
  5. 軍勢に曰く、「智を使ひ、勇を使ひ、貪を使ひ、愚を使ふ。智者は、その功を立てんことを楽い、勇者は、その志を行はんことを好み、貪者は、その利に趨かんことを邀め、愚者は、その死を顧みず。その至情に因りてこれを用ふ。これ軍の微権なり」と。
  6. 軍勢に曰く、「弁士をして敵の美を談説せしむることなかれ。その衆を惑はすがためなり。仁者をして財を主らしむることなかれ、その多く施して下に附するがためなり」と。
  7. 軍勢に曰く、「巫祝を禁じて、吏士のために軍の吉凶を卜ひ問ふことを得ざらしむ」と。
  8. 軍勢に曰く、「義士を使ふには財を以てせず。故に義者は、不仁者のために死せず。智者は、闇主のために謀らず」と。主は、以て徳なかるべからず。徳なければ則ち臣叛く。以て威なるべからず。威なければ則ち権を失ふ。臣は以て徳なかるべからず。徳なければ則ち国弱く、威多ければ則ち身蹶く。
  9. 故に、聖王の世を御するは、盛衰を観、得失を度りて、これが制を為す。故に諸侯は二師、方伯は三師、天子は六師なり。世乱るれば、則ち叛逆生じ、王沢、竭れば、則ち盟誓して相誅伐す。
  10. 徳同じく勢敵すれば、以て相傾くるなし。乃ち英雄の心を擥り、衆と好悪を同じうし、然る後これに加ふるに権変を以てす。故に計策にあらずんば、以て姦を破り寇を息むるなし。陰謀にあらずんば、以て功を成すことなし。
  11. 聖人は、天に体し、賢者は、地に法り、智者は、古を師とす。この故に、三略は、衰世のために作る。上略は、礼賞を設け、姦雄を別け、成敗を著はす。中略は、徳行を差し、権変を審かにす。下略は、道徳を陳べ、安危を察し、賢を賊ふの咎を明かにす。
  12. 故に、人生、深く上略を暁れば、則ち能く賢を任じ、敵を擒にす。深く中略を暁れば、則ち能く将を御し、衆を統ぶ。深く下略を暁れば、則ち能く盛衰の源を明かにし、治国の紀を審かにす。人臣、深く中略を暁れば、則ち能く功を全うし、身を保つ。
  13. それ高鳥死して、良弓蔵せられ、敵国滅びて、謀臣亡ぶ。亡ぶとは、その身を喪ふにあらざるなり。その威を奪はれ、その権を廃せらるるを謂ふなり。これを朝に封じて、人臣の位を極め、以てその功を顕はし、中州の善国、以てその家を富まし、美色珍玩、以てその心を悦ばしむ。
  14. それ人衆は一たび合すれば、卒かに離すべからず。権威は一たび与ふれば、卒かに移すべからず。師を還へし、軍を罷むるは、存亡の階なり。故にこれを弱くするには位を以てし、これを奪ふには国を以てす。これを覇者の略と謂ふ。故に覇者の作るは、その論、駁なり。社稷を存し英雄を羅するは、中略の勢なり。故に世主はこれを祕す。

下 略

  1. それ能く天下の危ふきを扶くる者は、則ち天下の安きに拠る。能く天下の憂を除く者は、則ち天下の楽しみを享く。能く天下の禍を救ふものは、則ち天下の福を獲。故に沢、民に及べば、則ち賢人これに帰し、沢、昆虫に及べば、則ち聖人これに帰す。賢人の帰する所は、則ちその国強く、聖人の帰する所は、則ち六合同じ。
  2. 賢を求むるに徳を以てし、聖を致すに道を以てす。賢去れば、則ち国微となり、聖去れば、則ち国乖く。微は危の階にして、乖は亡の徴なり。賢人の政は、人に降るに体を以てし、聖人の政は、人に降るに心を以てす。体もて降れば、以て始めを図るべく、心もて降れば、以て終りを保つべし。体を降すには礼を以てし、心を降すには楽を以てす。
  3. 所謂楽とは、金石糸竹にあらざるなり。人ゝその家を楽しむを謂ひ、人ゝその族を楽しむを謂ひ、人ゝその業を楽しむを謂ひ、人ゝその都邑を楽しむを謂ひ、人ゝその政令を楽しむを謂ひ、人ゝその道徳を楽しむを謂ふ。かくのごとくなれば、人に君たる者は、乃ち楽を作つて、以てこれを節し、その和を失はざらしむ。
  4. 故に有徳の君は、楽を以て人を楽しましめ、無徳の君は、楽を以て身を楽しましむ。人を楽しましむる者は、久しくして長く、身を楽しましむる者は、久しからずして亡ぶ。
  5. 近きを釈てて遠きを謀る者は、労して功なく、遠きを釈てて近きを謀る者は、佚して終りあり。佚政には忠臣多く、労政には怨民多し。故に曰く、地を広むるを務むる者は荒み、徳を広むるを務むる者は強し。能くその有を有つ者は安く、人の有を貪る者は残る。残滅の政は、累世、患を受け、造作、制を過ぐれば、成ると雖も必ず敗る。
  6. 己を舎てて人を教ふるものは逆なり、己を正しうして人を化するものは順なり。逆は乱を招き、順は治の要なり。道徳仁義礼の五者は、一体なり。道とは人の踏むところ、徳とは人の得るところ、仁とは人の親しむところ、義とは人の宜しきところ、礼とは人の体するところ、一もなかるべからず。
  7. 故に夙に興き夜に寐ぬるは、礼の制なり。賊を討ち、讐を報ずるは、義の決なり、惻隠の心は、仁の発なり。己に得て人を得るは、徳の路なり。人をして均平にして、その所を失はざらしむるは、道の化なり。
  8. 君より出でて臣に下るを、名づけて命と曰ふ。竹帛に施すを、名づけて令と曰ふ。奉じてこれを行ふを、名づけて政と曰ふ。
  9. それ命失すれば、則ち令行はれず。令行はれざれば、則ち政立たず。政立たざれば、則ち道通ぜず。道通ぜざれば、則ち邪臣勝つ。邪臣勝てば、則ち主の威傷る。
  10. 千里に賢を迎ふるは、その路遠し。不肖を致すは、その路近し。ここを以て、明王は近きを舎て遠きを取る。故に能く功を全うす。人を尚べば、下、力を尽す。
  11. 一善を廃すれば、則ち衆善衰ふ。一悪を賞すれば、則ち衆悪帰す。善者その祐を得、悪者その誅を受くるときは、則ち国安くして衆善至る。衆疑へば定国なく、衆惑へば治民なし。疑ひ定まり、惑ひ還りて、国乃ち安かるべし。
  12. 一令逆ふときは、則ち百令失し、一悪施すときは、則ち百悪結ぶ。故に善、順民に施し、悪、凶民に加はるときは、則ち令行はれて怨みなし。怨みをして怨みを治めしむれば、その禍救はれず。民を治めて平ならしめ、平を致すに清を以てすれば、則ち民その所を得て天下寧し。
  13. 上を犯す者は尊く、貪鄙なる者は富めば、聖王ありと雖も、その治を致すこと能はず。上を犯す者は誅し、貪鄙なる者は拘すれば、則ち化行はれて衆悪消ゆ。
  14. 清白の士は、爵禄を以て得べからず、節義の士は、威刑を以て脅かすべからず。故に明君、賢を求むるには、必ずその以す所を観てこれを致す。清白の士を致すには、その礼を修め、節義の士を致すには、その道を修む。而る後、士、致すべくして、名、保つべし。
  15. それ聖人君子は、盛衰の源を明かにし、成敗の端に通じ、治乱の機を審かにし、去就の節を知る。窮すと雖も、亡国の位に処らず、貧すと雖も、乱邦の粟を食はず。
  16. 名を潜め道を抱く者、時至りて動けば、則ち人臣の位を極む。徳、己に合すれば、則ち殊絶の功を建つ。故にその道高くして、名、後世に揚がる。聖王の兵を用ふるは、これを楽しむにあらざるなり。将に以て暴を誅し、乱を討たんとするなり。
  17. それ義を以て不義を誅するは、江河を決して爝火に漑ぎ、不測に臨んで堕ちんとするを擠すがごとし。その克つや必せり。優游恬淡として進まざる所以の者は、人物を傷うことを重んずればなり。それ兵は、不祥の器なり。天道これを悪む。已むを得ずしてこれを用ふ。これ天道なり。
  18. それ人の道に在るは、魚の水に在るがごとし。水を得れば生き、水を失ひて死す。故に君子は常に懼れて、敢て道を失はず。
  19. 豪傑、職を秉れば、国の威、乃ち弱し。殺生、豪傑に在れば、国勢、乃ち竭く。豪傑、首を低るれば、国、乃ち久しかるべく、殺生、君に在れば、国、乃ち安かるべし。四民の用、虚しければ、国、乃ち儲えなし。四民の用足れば、国、乃ち安楽なり。
  20. 賢臣、内なれば、則ち邪臣、外なり。邪臣、内なれば、則ち賢臣、斃る。内外、宜しきを失へば、禍乱、世に伝はる。大臣、主を疑へば、衆姦集聚す。臣、君の尊に当れば、上下乃ち昏く、君、臣の処に当れば、上下序を失す。
  21. 賢を傷ふ者は、殃、三世に及ぶ。賢を蔽ふ者は、身、その害を受く。賢を嫉む者は、その名、全からず、賢を進むる者は、福、子孫に流る。故に君子は、賢を進むるに急にして、美名、彰はる。
  22. 一を利して百を害すれば、民、城郭を去る。一を利して万を害すれば、国、乃ち散ぜんことを思ふ。一を去りて百を利すれば、人、乃ち沢を慕ふ。一を去りて万を利すれば、政乃ち乱れず。

-- 参考文献 --

■「兵書抜粋」大橋武夫著 私家版(1976)■「兵書研究」大橋武夫著 日本工業新聞社(1978)■「統帥綱領」大橋武夫著 建帛社(1972)■「秘本兵法・三十六計」大橋武夫著 徳間書店(1981)■「鬼谷子」大橋武夫著 徳間書店(1982)■「闘戦経」大橋武夫著 私家版(1982)■「兵法経営塾」 大橋武夫著 マネジメント社(1984)■「新釈孫子」 武岡淳彦著 PHP研究所(2000)■「日本陸軍史百題」武岡淳彦著 亜紀書房(1995)■「弱者の戦略・強者の戦略」武岡淳彦著 PHP研究所(1989)■「兵法と戦略のすべて」武岡淳彦著 日本実業出版社(1987)■「兵法を制する者は経営を制す」武岡淳彦著PHP研究所(1983)■「中国古典新書六韜三略」岡田脩訳 明徳出版社(1979)■「孫子呉子全訳武経七書」守屋洋・守屋淳著 プレジデント社(1999)■「司馬法、尉繚子、李衛公問対、全訳武経七書」守屋洋・守屋淳著 プレジデント社(1999)■「六韜、三略、全訳武経七書」守屋洋・守屋淳著 プレジデント社(1999)■「中国古典名著・総解説」自由国民社(1982)■「東洋文庫 戦国策1.2.3」常石茂訳 平凡社(1966)■「五輪書」神子侃 徳間書店(1976)■「宮本武蔵」大倉隆二著 吉川弘文館(2015)■「五輪書」渡辺一郎 校注 岩波文庫(1989)■「兵法家伝書」渡辺一郎 校注 岩波文庫(1985)■「物語柳生宗矩」江崎俊平著 社会思想社(1971)


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電子書籍

「兵法小澤様問対」
上・中・下

「兵法小澤様問対」上
兵法小澤様問対上

「兵法小澤様問対」中
兵法小澤様問対中

「兵法小澤様問対」下
兵法小澤様問対下

「兵法 小澤様問対」上・中・下
(兵法塾外伝 平成・令和)

2009年の3月14日に初めて「小澤様」からの掲示板への書き込みがあり、その都度、拙いご返事をお返ししてきましたが、いつの間にか14年も経過して、世相も時代も大きく変化してしまいました。その時勢に応じた大橋武夫先生、武岡淳彦先生の著書やエピソード及び古典、ビジネス書をテーマにした「小澤様」との掲示板での対話が日々研鑽の証となり、個人的にも人生の貴重な足跡となりました。2013年頃より大橋先生の「お形見の書籍」を電子書籍として作成させて頂いていましたが、この度、「兵法塾・掲示板」での「小澤様」との兵法に関するやり取りを、保存と編集をかねて電子書籍として公開させていただきます。引き続き、ご指導ご鞭撻を賜れば幸甚でございます。
兵法 小澤様問対 上 【9】~【59】2009(平成21)年3月14日~2010(平成22)年6月26日
兵法 小澤様問対 中 【60】~【115】2010(平成22)年7月28日~2013(平成25)年2月17日
兵法 小澤様問対 下 【116】~【178】2013(平成25)年3月3日~2023(令和5)年1月5日

2023年12月

heihou.com 
(ヘイホウドットコム)編集・著者



電子書籍

「千に三つの世界」

兵法塾外伝・昭和 平成

千に三つの世界から明日の
自分を見つけよう!!

昭和から平成のコンピューター業界と情報の本質について個人的な体験を基に追求してみました。2000年から運営する「兵法塾」サイトの外伝として公開させていただきます。

2023.10.01

千に三つの世界

電子書籍「千に三つの世界」


兵書抜粋 兵書抜粋
兵書抜粋闘戦経
兵法を制する者は経営を制す 弱者の戦略・強者の戦略
兵法を制する者は経営を制す 弱者の戦略・強者の戦略

【 兵書抜粋・闘戦経 】

1987年の暮れに大橋先生の奥様より、お形見分けとして先生の蔵書を「兵法経営研究会」に分けていただくことになり、事務局の中内さんより希望の書籍を聞いて来られたので、「兵書抜粋」と「闘戦経」をお願いしたら、会長の竹林さんより丁寧な手書の宛名と包装で、それぞれ十冊ずつ実家に送って頂いた。「兵書抜粋」は1962年にベストセラーになった「兵法で経営する」を復刊されるにあたり「多忙な皆さんに、手っ取り早く兵法をわかっていただけるよう、これまでに蓄積した私の知恵のありったけを絞り出して、新たに書き下ろした。」と言われているように兵法経営の原典「兵法で経営する(復刊)」1977年の特別な付録として初めて世に出されたもので、その後1980年開講の「兵法経営塾」の基本教科書(小冊子)として活用された。 「闘戦経」は大江匡房(1041~1111)著伝で明治初期に研究者により毛利家の書庫より呉の海軍兵学校に伝わった。戦後の1962年頃、兵法経営を研究されていた大橋先生に東部軍参謀時代の参謀長高島辰彦氏より秘蔵の一本(昭和九年木版刷)が下された。開講三年目頃の「兵法経営塾」では鬼谷子や三十六計とともに日本の闘戦経も教材になり、当時は私家版として出版された「闘戦経」が「兵書抜粋」とともに重要な教科書となった。塾生たちが細やかな喜寿のお祝いをしたら先生はそのお礼に「兵法経営塾」(1984マネジメント社)を出版された。「闘戦経」は、その付録として初めて世に広く公開されたものです。「兵書抜粋」「闘戦経」は一般の書籍として刊行されたものではなかったが、先生のご遺族にご無理をお願いして2013年に電子書籍として公開させて頂きました。「兵書抜粋」には大橋先生が抜粋された、「孫子・君主論・政略論・戦争論・統帥綱領 統帥参考・作戦要務令」が収録されています。その他の兵書はWebサイト「兵法塾」https://www.heihou.com/を主宰するにあたり自らの研鑽をかねて大橋先生・武岡先生の著書とその他の古典を参考にして抜粋収録したものです。Mobile用の「兵法塾」に収録できなかったものを新たにWebサイト「兵書抜粋」として公開させて頂きました、お役にたてば光栄です。

-- 2022.12.08 サイト主宰者 --


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