Military Art from T.Ohashi T.Takeoka

戦いの要素
戦いは、ある時間(Time/期間)に限られた空間(Space/地域)において、我々もしくは、その集団が目的・目標を達成しようとするときに生じる。その目的・目標達成における障害(困難)が「敵」である。戦いの三要素として我(エネルギー)と敵(エネルギー)と第三者的要素(時・地・中立勢力等)が考えられる。戦いを考えるとき「状況判断」はこれらの三要素を総合的に考える必要がある。エネルギーは戦闘力であり、無形的要素と有形的要素からなる。集団や組織の場合、無形的要素として、リーダー「将帥」の能力(指揮・統率、戦略・戦術、人格、等)とその集団・勢力の戦闘力(士気・規律、訓練、団結心、資質、等)があり。有形的要素として集団・勢力の人数、装備(武器)、資材、施設、資金(兵站)等がある。
作戦・戦闘と戦略戦術
作戦・戦闘は戦略・戦術を行動化したもので、外見的な状態である。戦略・戦術は内面的なもので、作戦・戦闘を内部から操縦するソフトウエアである。それは勝ち方に関する「理念」と考えられる。したがって戦略・戦術は作戦・戦闘の「頭脳」であり「心」である。故に、「状況判断」「作戦計画」及び「作戦」「戦闘」においては、これぞという「勝ち目」や「決め手」を持たないままの攻勢、持久等の通り一遍の計画や行動であってはならない。常に変化、交錯する情報の中で的確な「状況判断」を行うために目的・目標を確立させることは最も重要なことであるが、戦いに打ち勝つためには、それらの情報「戦いの要素」の中に「彼我の虚実」を見出し、明確な戦略・戦術に基づいた果敢な「実行力」が必要である。
現在の自分の置かれた状況を知り、的確な判断、行動を取るには、自分の力と自分を取り巻く情報(要素)をよく理解する必要がある。個人においては、自分の「判断の力」と「心」と「体」を自在に活用することに努力するが、個人(自分)がそれら個々の集まりである衆団を率いるためには別の情報・努力・工夫が必要である。
孫子の計篇における、道・天・地・将・法・兵衆・士卒・賞罰、及び十三篇の「各篇のテーマ」そのものが戦いの要素と考えることができる。
孫子十三篇の思想
--「孫子」(明、嘉靖刊本「孫子集註」底本)天野鎮雄博士訳・注(1975・講談社文庫)より --
- 一、計--兵は国の大事、死生の地、存亡の道なり。五事七計、道、天、地、将、法。
- 二、作戦--兵を用うるの法、日に千金を費やして然る後に十万の師あがる。役は再び籍せず、糧は三度載せず。敵を殺す者は怒なり、敵の貨を取る者は利なり。兵は勝ちを貴び久しきを貴ばず。
- 三、謀攻--
- 四、形--
- 五、勢--
- 六、虚実--
- 七、軍争--
- 八、九変--
- 九、行軍--
- 十、地形--
- 十一、九地--
- 十二、火攻--
- 十三、用間--
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兵書抜粋
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兵書の普遍と真理
兵書には兵法すなわち兵学と兵術が書かれてある。兵学とは戦いの理論と哲学で、兵術とは兵学を実行する術策であり、文字に表現しつくせないものが多分にある。兵法の要は、集団を率いて戦勝を獲得することにあり、「戦わずして勝つ」ことをもって最上とする。戦って勝つための鍵は、我が優勢をもって敵の劣勢を討つにあるが、この優勢はたんに有形の要素だけでなく、無形の要素によってきまることが多い。たとえば不意を突かれた軍はつねに劣勢である。無形の要素は、生命の危険を前提とする戦いの場面において、想像を絶する大威力を発揮するもので、有形の要素の格段の差が有無を言わせぬ猛威をふるうのも、それが人間に絶望感を与えるためでもある。兵法は、本来、性悪説によっている。性善説で粉飾しているものもあるが、これは無理である。とくに統率のためには、将兵の忠誠心や勇敢さが貴重であり、それを養うことに努力しなければならないが、極限状態に陥った人間は、その良識が管制力を失って本能をむき出しにすることを認識し、手抜かりのないように考えておく必要があり、現に信賞必罰を説かない兵書はないのである。性善説を表看板とする日本軍の統帥綱領や作戦要務令も、武士道や軍人精神の修養練磨という事前の準備を強く要請するとともに、厳正なる軍紀(積極的責務遂行心)の必要を高唱し、峻烈なる軍律によって裏づけしている。兵法は時代とともに進化していくものであるが、そのなかに不動の部分がある。それは真理と人間の本質に根を下ろしたもので、百年千年の風雪に堪えて来ており、今後もますます輝き続けていくであろう。本書に抜粋集録したものはこれである。なお、兵書は、時世に恵まれた一人の天才が、多くの人の経験を集めて単純化し、ある主張のもとに編集したもので、たとえば孫子の兵法も、そのすべてを孫武が開発したものではなく、いわば彼は編者である。したがって協力者の参画があったろうし、テクニックに属するものには、伝承者の手による後世の修正加除もありうるわけである。兵法は、たんに戦いの場だけでなく、政治の運営、企業の経営はもちろん、我々が人生を生きがいのあるものにするためにも、そのまま役に立つ。政治も企業も戦いも、要は組織の効果的な運用であり、また、人生は苦難の連続で、我々はこれに打ち勝たねば生きていけないし、打ち勝つことによって、初めて真の喜びを感ずるものだからである。-- 大橋先生著「兵書抜粋」まえがきより --
闘戦経
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「闘戦経」を世に出すようになった経緯
「闘戦経」は幸いにして先覚の士により、明治にいたってその存在が確められ、海軍兵学校の手に移るにおよんで、昭和九年に木版刷にされたものが若干篤学の士に渡り、さらにその活字化されたものの一本が偶然私(大橋)の所へ来たのである。それは私が東部軍参謀時代の参謀長高島辰彦氏の好意で、戦後「兵法的思考による経営」を研究している私のことを聞かれ、昭和三十七年十月二日に氏秘蔵の一本を下さったのである。氏を中心とするグループはかねてからこの本を研究しておられたようで、篤学の士の訳までついていた。それから十八年後の昭和五十五年十月から、はからずも私はブレーン・ダイナミックス社の前田滋社長の後援により、帝国ホテルと丸の内ホテルで兵法経営塾を開講しているが、熱心な方々が全国から集まられ、ついに昭和五十七年には三年研修生が出ることになった。その結果、今までより高度の兵法研究を行なうことになり、その対象として、中国の「鬼谷子」と日本の「闘戦経」が浮かびあがってきた。いずれも古代の幻の兵書であり、難解である。しかし私は数年前からこの両書を研究していたので、この際これをまとめて本にして教材に使いたいと思い、「鬼谷子」は徳間書店の厚意にあまえて刊行することにし、「闘戦経」は、紙数が少なくて刊行対象にならないため、自費出版をすることに踏み切った次第である。なお大江匡房の文章は現代人にわかりやすいように書き直し、さらに解説と私の考えを付記しておいた。古人の序文に「将来、天機秀発して、後世、しかるべき人に知られるのを待つのみ」とあるが、この八百余年も前の人の悲願が今達成の機を得ることになるかと思えばまことに感慨無量であり、また筆をとる者としてまことに冥利につきる思いがする。なお、私は暗号解読も同様の苦心をして勉強したが、まだまだ不十分なところが多く、結局、私の仕事は「こんな本がある」ということを世の中に紹介するにとどまったようである。私もまた先人の例にならい、将来いつか達識の士が現れて、この本の主張するところをさらに効果的に活用する途を聞かれんことを期待する。なお、あとがきにある大江元綱の言のように、この本は「熟読永久にして、自然に関を脱するを得べし」であり、わからないところはじーっと睨み、繰り返し読みつづけていれば、日本人であるかぎり、いつとはなしにその意味が脳裡に浮かんでくるものであり、読者の不屈の挑戦を念願する次第である。-- 大橋先生著「闘戦経」を考えるより --
電子書籍
「兵法 小澤様問対」
兵法塾外伝・平成 令和
小澤様 !
ありがとうございます。
電子書籍として上・中・下
公開させていただきます。
電子書籍 2024.01.16
「兵法 小澤様問対」上・中・下
(兵法塾外伝 平成・令和)
2009年の3月14日に初めて「小澤様」からの掲示板への書き込みがあり、その都度、拙いご返事をお返ししてきましたが、いつの間にか14年も経過して、世相も時代も大きく変化してしまいました。その時勢に応じた大橋武夫先生、武岡淳彦先生の著書やエピソード及び古典、ビジネス書をテーマにした「小澤様」との掲示板での対話が日々研鑽の証となり、個人的にも人生の貴重な足跡となりました。2013年頃より大橋先生の「お形見の書籍」を電子書籍として作成させて頂いていましたが、この度、「兵法塾・掲示板」での「小澤様」との兵法に関するやり取りを、保存と編集をかねて電子書籍として公開させていただきます。引き続き、ご指導ご鞭撻を賜れば幸甚でございます。
■ 兵法 小澤様問対 上
【9】~【59】2009(平成21)年3月14日~2010(平成22)年6月26日
■ 兵法 小澤様問対 中
【60】~【115】2010(平成22)年7月28日~2013(平成25)年2月17日
■ 兵法 小澤様問対 下
【116】~【178】2013(平成25)年3月3日~2023(令和5)年1月5日
2023年12月
heihou.com
(ヘイホウドットコム)編集・著者
Amazonアソシエイトで著書の一部をご紹介します
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