将帥も参謀も衆に隔絶して優秀でなくてはならない点においては共通しているが、具体的な要件はまったく逆である。将帥は、(一)大局を誤らず、(二)意志強固で、(三)細部にこだわらず、(四)寛容で部下を萎縮させず、(五)どこか抜けたところがあって、部下の母性本能をくすぐるような魅力を持っていなければならない。-- 大橋先生 --
『 統 帥 参 考 』 第四章 将帥及び幕僚
将 帥
28.統帥の中心たり、原動力たるものは、実に将帥にして、古来、軍の勝敗はその軍隊よりも、むしろ将帥に負う所大なり。戦勝は、将帥が勝利を信ずるに始まり、敗戦は将帥が戦敗を自認するによりて生ず。故に戦いに最後の判決を与うるものは実に将帥に在り。
29.
将帥の責務はあらゆる状況を制して、戦勝を獲得するに在り。故に将帥に欠くべからざるものは、将帥たる責任感と戦勝に対する信念にして、この責任感と信念とは、その人の性格と不断の研鑽修養とにより生ず。将帥の価値は、その責任感と信念との失われたる瞬間において消滅す。
30.
将帥の具備すべき資性としては、堅確強烈なる意志及びその実行力を第一とし、至誠高邁なる品性、全責任を担当する勇気、熟慮ある大胆、先見洞察の機眼、人を見る明識、他人より優越しありとの自信、非凡なる戦略的識見、卓越せる創造力、適切なる総合力を必要とす。
31.
将帥は事務の圏外に立ち超然として常に大勢の推移を達観し、心を策按と大局の指導に集中し、適時適切なる決心をなさざるべからず。これをなし得ると否とは、実に将帥その人の自覚と信念に関す。将帥の決心を準備し、これを実行に移すための事務は幕僚以下の職務にして、将帥は幕僚を信任して、その局に当らしむるを要す。将帥は、たえず軍隊志気の消長を注視し、その作興に務むること肝要なり。
32.
将帥は部下の努力を有意義に運用し、徒労に帰せしめざる責任を有す。最も重要なる時機に、絶大なる努力を部下に要求せんがためには、平素なるべく部下の努力を愛惜使用するを要す。かくして初めて将帥の威望加わり、部下の信頼ますます増大すべし。
33.
将帥の価値は実に難局に際して発揮せらる。危急存亡の秋に際会するや、部下は仰いでその将帥に注目す。将帥はあらゆる失望非運を制し、内に堅く信じて冷静明察を失わず、沈着剛毅、楽観を装いて部下の嘱望をつなぎ、その志気を作興して、最後の勝利を獲得することを努めざるべからず。
34.
将帥の心理を圧迫するものの第一は重大なる責任なり。第二は勝を争う実敵なり、第三は上下指揮官の意思の自由なり、第四は国内の世論ときとして政府の干渉なり、第五は戦場における状況の不明と錯誤なり。幕僚本来の任務は、将帥の精神を諸種の圧迫より開放し、その意思の独立自由を確保し、これをたすけて将帥の能力を十分に発揮し、その将徳を全うし、もって統帥の権威を発揚せしむるにあり。
幕 僚
35.
幕僚は将帥意思の徹底、その将徳信望の擁護に関し、全幅の努力を払うとともに、下情の上達を図り、上下意思の疎通、脈絡の確保に関し、その責に任ぜざるべからず。幕僚は自ら進んで諸部隊との連絡に努め、その現状を確認し、かつ軍隊の希望と能力とを明確にして、たえず軍隊を援助する準備にあるとともに、将帥をしてつねに軍隊の脈傳を感ぜしむること肝要なり。幕僚は将帥と軍隊の信頼を得ること必要にして、然らざれば、その任務を達成し得ず。
36.
幕僚は諸資料を整備して、将帥の策按決心を準備し、これを実行に移す事務を処理し、かつ軍隊の実行を注視す。軍隊に命令を下し、これを指揮するは、指揮官のみこれを行ない得るものにして、幕僚は指揮官の委任あるにあらざれば、軍隊を部署する権能なきことを銘心するを要す。
37.
統帥指揮の権威は幕僚の権威により助成せられ、指揮の統一もまた幕僚の統一にまつところ少なからず。諸種の性格を有する各幕僚を統轄して、円満に一致和合せしめ、一心同体となりて指揮官を輔佐するとともに、司令部の権威を保持し、幕僚業務の統一を図るは主として参謀長の責任とす。同一司令部内においてはもちろん、上下司令部における幕僚相互間の観念の統一、業務の円満なる連繋は実に指揮の統一、事務敏活の根源にして、司令部の権威を保持するために極めて重要なり。
8.
兵団が遺憾なく機動力、戦闘力を発揮し得ると否とは、主として幕僚の着意と努力に関す。幕僚は適切なる着眼と周到なる注意をもって、計画命令の作為と伝達、通信、連絡、給養、補給、運輸、交通等に関する事務を最も敏活的確に処理せざるべからず。