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目録戦理戦いの要素統率状況判断戦略戦術大橋先生武岡先生・祈願・三陸皆様の心の復興 2011.3.11「 乃至法界平等利益自他倶安同歸寂光 」

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兵法・三十六計

孫子の思想

孫子の本文は、錯乱が多く、また衍文・衍字が附加されていて、前後の文意が一貫しないところが多い。しかし二千数百年の風雪を凌いだ人類の遺産、GREAT・BOOKと言われ全世界に流布されている。はたして人類は「孫武」の本来の思想・本懐を手にしたといえるのであろうか。

兵法「孫子」について --- 大橋先生 ---

多くの人が「兵法とは策なり」と誤解することは「孫子」の欠点であろう。そのため、わが国における「孫子」の家元である大江家の匡房もこれを心配し、「孫子」は詭譎(きけつ)の書であり、そのままでは、日本では使えないと警告している。・・・ 「孫子」は元来わかりやすい本である。それがそう受け取れないのは、後世の加文と補修に際しての乱丁があるからで、慧眼にもこれを見抜いた天野鎮雄氏の明快な卓見には敬服する(天野鎮雄氏著「孫子」参照)。---「原始・孫子」--- 本来の孫子はもっと素朴なものだったのではあるまいか。現代に伝わっているものは分り難い。「容易にうかがい知れないところが奥義の面目であり、孫子の思索の深さを示す貴重なところだ」という説もあるが、孫子は兵書である。学究の書ではなく、実用の書なのである。とくに戦場という厳しい場面で、極限状態に陥って思考力の衰えた人間が使うものは、単純明快で素朴でなくてはならないと思う。前掲の「孫子」はどうも本来のものではなさそうである。文章の筋が通っていないし、各篇のものが混在している疑いがある。不用な語句も多い。二千五百年もの間、風雪を冒して伝承されている間に、後世学者の文字遊び(中国人はこれを好み、巧である)の筆が入り、また誤って編集し直されてこうなったのではあるまいか。たとえば火攻篇の「故にいわく、明主はこれを慮り ・・・ 全うするの道なり」はどう考えても「兵は国の大事にして・・・」の説述であり、ここにあるのはおかしい。人によっては「ここから再び始計篇にかえり、循環してつきないところが、孫子の孫子たる面目だ」などとほめているが、これは贔屓の引き倒しであり、あまりにも文章をもてあそぶものだと思う。孫子のはじめは竹簡、木簡(竹や木の短冊)に書かれ、紐で編んであったので、紐が切れたままで長年月を経過すれば、このように乱丁することはありうる。また、戦闘の具体的手段はもっと多く書かれていたと思うが、これは時勢の変化や武器の進歩などによって通用しなくなる性質のものであるから、消え去っても一向差し支えない。天野鎮雄博士訳・注(1975・講談社文庫)常々私はこんな不遜なことを考えていたが、先年たまたま手に入れた天野鎮雄氏の「孫子」(講談社刊)に、これと同じ意見があるのを発見して、大いに意を強くした。氏の方には学問的な根拠がある。なお、天野氏は学者的良心から「孫子の思想」と遠慮されているが、無知であるがため強さをもつ私は、天野説に勢いを得て「原始・孫子」と題してみた。そしてさらに悪乗りし、先生の文章を台にして、私流のものを書いたのが、次に掲げるもので、我々の孫子はこれで必要にして十分であり、孫子本来の珠玉の光はそのまま輝いていると思うが、古典冒瀆の反省もあるので、篤学の士はどうか「天野孫子」をお読み願いたく、できればさらに「新釈漢文大系 ・孫子 呉子 」(天野鎮雄著、明治書院刊)にお進みください。これは完璧である。

--- 大橋先生「兵法 孫子」 (2005年/PHP文庫)(マネジメント社 1980年(S55)10月)「兵書研究」(日本工業新聞社 1978年(S53)12月)より ---

兵法「孫子」について --- 武岡先生 ---

二五〇〇年前の兵書がなぜこのように現代に通ずるか。他の古典はそうでないとはいわないが、『孫子』の場合は顕著である。理由はいくつかある。 その第一は、兵書でありながら戦争を人類の敵とみていて、好戦的でないことだ。これは『孫子』を熟読した結果わかったことである。著者の孫武は、人間は安定した社会体制の下で協同で仕事をして豊かな人生を送り、天寿を全うするのが最も望ましいと考えていたようだ。黄河文明の研究成果と思うが、安定した豊かな人生を送るのが幸福とみていることはまことに現代的である。 しかしこの考え方は、身分制度の厳しい乱世の春秋時代の社会通念下では異端である。だから当時の社会の歴史学的研究からは、『孫子』はかえって理解しにくいのではないかとさえ思う。『孫子』の理解には、むしろ『孫子』そのものを熟読玩味するしかないのではないか。それだけ『孫子』の著者の意識は進んでいたのである。天野鎮雄博士は、「孫子は宇宙の目から戦争を捉えている」と述べているが、換言すれば、「現代的センス」で戦争を捉えているということではなかろうか。第二は自然界の原理や人間の性をよく研究し、その仕組みやルールに余計な彩りを加えずに用兵原則を作っていることだ。自然界の原理や人間の性は、二五〇〇年前も今も変わらない。むしろ物質文明が進んでいないだけに、自然界の仕組やルールは捉えやすい。とはいえ慎重な『孫子』は、それを『易』の二元論を研究し、黄河文明を作った原理から捉えているのである。新釈孫子 ・・ 中略・・このように『孫子』はすぐれた書である。だが現代の書物に比し、"簡古隠微"(かんこいんび、簡単で古色を帯び、実体がかすかでわかりにくい)といわれるほど解読がむずかしい。簡潔すぎる文章の壁、兵書解読に必要な軍事知識の壁、それも目に見える戦術的用兵ではなく、その奥にあって戦術的用兵を動かしている戦略原理の壁である。さらにその戦略原則を処世、経営、ビジネス面に活かすには、軍事と経済常識をもってする橋渡しが必要だ。これらの障害除去は、大地震直後の瓦礫に埋もれた人命救出にも似ているが、その瓦礫を少しでも取り除いて、読者諸賢の理解を容易にするように努めたのが本文庫版である。

--- 武岡先生 『 新釈 孫子』PHP文庫 2000年(H12)6月 おわりに・本書を活用し「孫子」を学ぶ人へより ---

『 天野鎮雄 博士 』

1915年2月宮城県仙台市生まれ。1938年東京大学文学部中国哲学中国文学科卒。山口大学教授。文学博士。著書、「公孫龍子」明徳出版社。「孫子・呉子」明治書院。「孫子」講談社文庫。

「孫子の思想」について --- 天野鎮雄 博士 ---

中国の古典は、その文がそのままに伝承されて現在に至ったものではない。現行本の本文になるまでには、いろいろの衍字・衍文などが付加されている。前漢の劉向・劉歆が天下の書を校定する時まで、書の成立過程は流動的であって、先人たる思想家の書を伝承して行く過程において、後学者が、注的な文、余説、補記などの衍文を、その思想家の文中に附加している。時にはその書が錯乱し、それを復元する時に元通りにならず、従って後学者は、「前後の文意の一貫しないところには、媒介の文、補記の文などの衍文を挿入附加している。その上、書の伝承は筆写によってなされるから、その間に誤字・脱字などのあることは言うまでもない。劉向・劉歆によって、種々の書が校定せられて、一応ここに定本が誕生するが、その後の伝承過程においても、筆写上、若干の衍字・衍文などの附加と、誤字・脱字などの生ずることとは、否定できないであろう。『孫子』もその例外ではない。その『孫子』の本来の文とは、一体いかなるものであろうか。それは誰しも希求する所のものである。筆者は、私案ではあるが、『孫子』の本来の文の追求を試みて来た。その結果、『孫子』の本来の文は、以下に述べるような文ではないかと推察されるのである。ここに言う本来の文とは、その思想家の原文という意味のものではない。その思想家が本来言わんとするところの思想を意味する。それが文として表現されている故に、本来の文と言うのである。一体、本来の文の追求は、現行本の本文を手懸りにして行なわれ、そして、結局現行の本文によってそれを示すにほかならない。おそらく先秦時の文は、より簡素なものであったろう。従って、ここに助字の出入などが、当然予想されよう。それ故、本来の文と推察されるものが、直ちにその思想家の原文とは言い得ないのである。

---(明、嘉靖刊本「孫子集註」底本)天野鎮雄博士訳・注(1975・講談社文庫「孫子」・孫子の思想 ・あとがき より ---

天野鎮雄 博士・講談社文庫「孫子」1975年(あとがき)

古代中国人は、自然の中から人生の智恵を学び取った。中国人にとって、自然現象は天の意志の現われとしてるから、中国人は自然界の法則を人事界の法則とするなど、自然現象からもろもろのことを学び、それを人間の社会に活用したのである。たとえ自然界においてある変化現象が偶発的なものであっても、その変化現象の法則を人事界の法則として取り入れた場合、そこにはそう変化する必然性はないであろう。しかし、自然界においてそうあり得た限り、人事界においてもそうあり得るとして、そうあるべく、人間の実践によってそれを充足したのである。こうして、天の意志に則る実践がおのずから養われるに至った。自然から学ぶということは、理論と実践との調和の中にあって、人生の智恵を得ることである。われわれが中国の古典を読んで、勇気づけられるのは、そこに実践によって達せられる未来の希望があるからである。
『孫子』の思想も、正に自然から学び取った英智の結晶である。そこには、人間によって研ぎすまされた極度の人智・人為がありながら、それが自然のいとなみの中に埋没している感さえある。その思想の広大さ深遠さは、宇宙の目から戦争を捉え,神明の心から人心の機徴を説くからであろう。『孫子』の思想は優れた芸術作品とも言えよう。
さて、『孫子』の思想は、好んで戦争を起こすものでは決してない。戦争に見合う利は絶対にないからである。『孫子』の思想は、あくまでも受動者の立場に立って、おのれの万全を守るためのものである。その万全を期するために、あらかじめその心構えを、『孫子』は説いている。それは、計篇・作戦篇・謀攻篇・軍争篇・用間篇によって知るところである。しかし、現実は冷酷で、戦争が避けられないとするならば、おのれの死生・存亡に際して敢然と立ち向うための秘策が、そこにある。われわれはそれに対して身ぶるいを禁じ得ないであろう。国家間に法及至道徳がない限り、これも現実のきびしい一面として、われわれは受容しなければならないのであろうか。
『孫子』の思想は、一国の軍をひきいる将軍の心術を説くものである。それは気弱き者に勇気を与える。『孫子』を読むと、気宇が広大となり、前途に横たわる困難に畏怖する心がおのずから消滅しよう。しかるに、世の人は『孫子』の思想を誤解している。一己の欲望を達せんとして、事なき時に進んで秘策を弄しようとする。これは本末顛倒も甚だしい。このようにして墓穴を掘らぬためしのないことは、既に歴史の教えるところである。現実の世を生き行くことは、いろいろの面において、厳しい。『孫子』の思想は、戦争という一面についての打開策である。それ以外の面において、それぞれの困難を打開するには、われわれはまた、自然界の中から新たに学び取らなければならない。自然現象は、われわれに明日への新しい道を教えようとしている。『孫子』は、筆者が若いころ愛読した書の一つである。筆者は『論語』によって、人の心の尊さを教えられ、社会は、人の真心とその思いやりとで、安定することを知った。しかし、『論語』の中の一つ一つの教えが、現実においてどのように位置するのか、あるいは現実にどう適用されるのか、筆者はと惑うばかりであった。また『老子』によって、人為を弄することなく、自然のままに一切を任せることを教えられた。心静かな夜、それは筆者の心に安らぎを与えてくれた。しかし、有為の志ある身は、日中それを忘却していることが殆どであった。こうして、現実の荒波のままに筆者は浮沈し、われを失っていたのである。
そのような時、『孫子』を読んで、『孫子』は筆者の心を強く執えた。『孫子』は、人の世を生き行く方法を教えてくれたからである。人はそれぞれ、その地の風俗・習慣・環境・教育・職業などによって培われたその人の立場によって、その考えかたを異にし、心の持ちかたを異にしている。そして、その考えかた、心の持ちかたが、言葉として行動として外に表現される時、それは、更にそれぞれの人の個性、その時の気分などによって、一様ではない。たとえ、同じ立場にある人に対しても、人はその真意を計り知ることが容易ではない。まして人と人との間に利害関係のある場合、当事者が意識していようと意識していなかろうと、利己的に心が動くのが通例で、その人の心とその人の言動との関係は複雑になって来る。人と人との間に、心が率直につながる共通の地盤がない限り、人は相互に誤解し、誤解されることは極めて当たり前のことである。『孫子』は、筆者に人の心の動きを知る方法を教えてくれた。筆者は、その人の言動を通してその心の動きを知ることによって、安心した。それに対応する心がまえがおのずと生ずるからである。たとえ、馬鹿正直なところを衝かれ、相手に翻弄されていることを知りつつも、翻弄されることに甘んじていた。その事によって、いよいよ人の心を知ることができるからである。また、その際術策を弄することは、筆者の性に合わなかったからでもある。それは若干『老子』の影響によるものでもあった。『論語』『老子』は、畢竟王者たる者の学である。その教えを胸中に懐きつつ、『孫子』によって現実の荒波を乗り越えて行くことを、こうして知ったのである。『孫子』は、若いころの筆者にどう生きて行くか、その道を教え、限りなく勇気を与えてくれた。そのころ、『孫子』は護符のように筆者のポケットの中にいつもあった。今、その『孫子』の真意を追求して、それを文庫本として世に出すことに、喜びを禁じえない。また、本書によって、得るところがあるならば、それは望外の喜びである。

--- 天野鎮雄博士訳・注(1975・講談社文庫「孫子」・あとがき より ---

 三島彦助先生の倫理哲学の授業で「孫子」という本があることを知り、その年の夏、1975年(昭和50年)に、この天野鎮雄博士の講談社文庫「孫子」320円を手に入れた。それは後に、大橋武夫先生の著書に出会うきっかけになり、大橋先生の「兵法経営塾」に参加させていただき、大橋先生・武岡先生に出会うことになる。三島先生ご夫妻や武岡先生には畏れ多いことに媒酌の労をとっていただいた。大橋先生の奥様やご息女佐藤様、武岡先生の奥様より大変貴重な御遺品・お形見を拝領した。今日の自分があるのはすべて天野博士の「孫子」とそれを導いていただいた先生方の御蔭である。ここに、改めて心から「感謝」の意を記させていただきます。-- 2009年(平成21年)5月(サイト主宰者) --

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