孫子の思想 - 兵法塾 -
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孫子の思想
孫子の本文は、錯乱が多く、また衍文・衍字が附加されていて、前後の文意が一貫しないところが多い。しかし二千数百年の風雪を凌いだ人類の遺産、GREAT・BOOKと言われ全世界に流布されている。はたして人類は「孫武」の本来の思想・本懐を手にしたといえるのであろうか。

--- 兵法「孫子」について --- 大橋先生 ---

多くの人が「兵法とは策なり」と誤解することは「孫子」の欠点であろう。そのため、わが国における「孫子」の家元である大江家の匡房もこれを心配し、「孫子」は詭譎(きけつ)の書であり、そのままでは、日本では使えないと警告している。----- 「孫子」は元来わかりやすい本である。それがそう受け取れないのは、後世の加文と補修に際しての乱丁があるからで、慧眼にもこれを見抜いた天野鎮雄氏の明快な卓見には敬服する(天野鎮雄氏著「孫子」参照)。----  「原始・孫子」----本来の孫子はもっと素朴なものだったのではあるまいか。現代に伝わっているものは分り難い。「容易にうかがい知れないところが奥義の面目であり、孫子の思索の深さを示す貴重なところだ」という説もあるが、孫子は兵書である。学究の書ではなく、実用の書なのである。とくに戦場という厳しい場面で、極限状態に陥って思考力の衰えた人間が使うものは、単純明快で素朴でなくてはならないと思う。前掲の「孫子」はどうも本来のものではなさそうである。文章の筋が通っていないし、各篇のものが混在している疑いがある。不用な語句も多い。二千五百年もの間、風雪を冒して伝承されている間に、後世学者の文字遊び(中国人はこれを好み、巧である)の筆が入り、また誤って編集し直されてこうなったのではあるまいか。たとえば火攻篇の「故にいわく、明主はこれを慮り ・・・・・ 全うするの道なり」はどう考えても「兵は国の大事にして ・・・・・ 」の説述であり、ここにあるのはおかしい。人によっては「ここから再び始計篇にかえり、循環してつきないところが、孫子の孫子たる面目だ」などとほめているが、これは贔屓の引き倒しであり、あまりにも文章をもてあそぶものだと思う。孫子のはじめは竹簡、木簡(竹や木の短冊)に書かれ、紐で編んであったので、紐が切れたままで長年月を経過すれば、このように乱丁することはありうる。また、戦闘の具体的手段はもっと多く書かれていたと思うが、これは時勢の変化や武器の進歩などによって通用しなくなる性質のものであるから、消え去っても一向差し支えない。 天野鎮雄博士訳・注(1975・講談社文庫) 常々私はこんな不遜なことを考えていたが、先年たまたま手に入れた天野鎮雄氏の「孫子」(講談社刊)に、これと同じ意見があるのを発見して、大いに意を強くした。氏の方には学問的な根拠がある。なお、天野氏は学者的良心から「孫子の思想」と遠慮されているが、無知であるがため強さをもつ私は、天野説に勢いを得て「原始・孫子」と題してみた。そしてさらに悪乗りし、先生の文章を台にして、私流のものを書いたのが、次に掲げるもので、我々の孫子はこれで必要にして十分であり、孫子本来の珠玉の光はそのまま輝いていると思うが、古典冒瀆の反省もあるので、篤学の士はどうか「天野孫子」をお読み願いたく、できればさらに「新釈漢文大系 ・孫子 呉子 」(天野鎮雄著、明治書院刊)にお進みください。これは完璧である。 --- 大橋先生「兵法 孫子」 (2005年/PHP文庫)(マネジメント社 1980年(S55)10月)「兵書研究」(日本工業新聞社 1978年(S53)12月)より ---

--- 兵法「孫子」について  --- 武岡先生 ---

二五〇〇年前の兵書がなぜこのように現代に通ずるか。他の古典はそうでないとはいわないが、『孫子』の場合は顕著である。理由はいくつかある。 その第一は、兵書でありながら戦争を人類の敵とみていて、好戦的でないことだ。これは『孫子』を熟読した結果わかったことである。著者の孫武は、人間は安定した社会体制の下で協同で仕事をして豊かな人生を送り、天寿を全うするのが最も望ましいと考えていたようだ。黄河文明の研究成果と思うが、安定した豊かな人生を送るのが幸福とみていることはまことに現代的である。 しかしこの考え方は、身分制度の厳しい乱世の春秋時代の社会通念下では異端である。だから当時の社会の歴史学的研究からは、『孫子』はかえって理解しにくいのではないかとさえ思う。『孫子』の理解には、むしろ『孫子』そのものを熟読玩味するしかないのではないか。それだけ『孫子』の著者の意識は進んでいたのである。 天野鎮雄博士は、「孫子は宇宙の目から戦争を捉えている」と述べているが、換言すれば、「現代的センス」で戦争を捉えているということではなかろうか。第二は自然界の原理や人間の性をよく研究し、その仕組みやルールに余計な彩りを加えずに用兵原則を作っていることだ。自然界の原理や人間の性は、二五〇〇年前も今も変わらない。むしろ物質文明が進んでいないだけに、自然界の仕組やルールは捉えやすい。とはいえ慎重な『孫子』は、それを『易』の二元論を研究し、黄河文明を作った原理から捉えているのである。 中略・・・このように『孫子』はすぐれた書である。だが現代の書物に比し、"簡古隠微"(かんこいんび、簡単で古色を帯び、実体がかすかでわかりにくい)といわれるほど解読がむずかしい。簡潔すぎる文章の壁、兵書解読に必要な軍事知識の壁、それも目に見える戦術的用兵ではなく、その奥にあって戦術的用兵を動かしている戦略原理の壁である。 さらにその戦略原則を処世、経営、ビジネス面に活かすには、軍事と経済常識をもってする橋渡しが必要だ。これらの障害除去は、大地震直後の瓦礫に埋もれた人命救出にも似ているが、その瓦礫を少しでも取り除いて、読者諸賢の理解を容易にするように努めたのが本文庫版である。 --- 武岡先生 『 新釈 孫子 』PHP文庫 2000年(H12)6月 おわりに・本書を活用し「孫子」を学ぶ人へより ---

『 天野鎮雄 博士 』

1915年2月宮城県仙台市生まれ。1938年東京大学文学部中国哲学中国文学科卒。山口大学教授。文学博士。著書、「公孫龍子」明徳出版社。「孫子・呉子」明治書院。「孫子」講談社文庫。

「孫子の思想」について --- 天野鎮雄 博士 ---

中国の古典は、その文がそのままに伝承されて現在に至ったものではない。現行本の本文になるまでには、い ろいろの衍字・衍文などが付加されている。前漢の劉向・劉歆が天下の書を校定する時まで、書の成立過程は 流動的であって、先人たる思想家の書を伝承して行く過程において、後学者が、注的な文、余説、補記などの衍 文を、その思想家の文中に附加している。時にはその書が錯乱し、それを復元する時に元通りにならず、従って 後学者は、「前後の文意の一貫しないところには、媒介の文、補記の文などの衍文を挿入附加している。その 上、書の伝承は筆写によってなされるから、その間に誤字・脱字などのあることは言うまでもない。劉向・劉歆に よって、種々の書が校定せられて、一応ここに定本が誕生するが、その後の伝承過程においても、筆写上、若干 の衍字・衍文などの附加と、誤字・脱字などの生ずることとは、否定できないであろう。 『孫子』もその例外ではない。その『孫子』の本来の文とは、一体いかなるものであろうか。それは誰しも希求する 所のものである。筆者は、私案ではあるが、『孫子』の本来の文の追求を試みて来た。その結果、『孫子』の本来 の文は、以下に述べるような文ではないかと推察されるのである。 ここに言う本来の文とは、その思想家の原文という意味のものではない。その思想家が本来言わんとするところ の思想を意味する。それが文として表現されている故に、本来の文と言うのである。一体、本来の文の追求は、 現行本の本文を手懸りにして行なわれ、そして、結局現行の本文によってそれを示すにほかならない。おそらく 先秦時の文は、より簡素なものであったろう。従って、ここに助字の出入などが、当然予想されよう。それ故、本 来の文と推察されるものが、直ちにその思想家の原文とは言い得ないのである。

---(明、嘉靖刊本「孫子集註」底本)--天野鎮雄博士訳・注(1975・講談社文庫 「孫子」・孫子の思想 ・あとがき より ---

天野鎮雄 博士・講談社文庫「孫子」1975年(あとがき)

古代中国人は、自然の中から人生の智恵を学び取った。中国人にとって、自然現象は天の意志の現われとして あるから、中国人は自然界の法則を人事界の法則とするなど、自然現象からもろもろのことを学び、それを人間 の社会に活用したのである。たとえ自然界においてある変化現象が偶発的なものであっても、その変化現象の 法則を人事界の法則として取り入れた場合、そこにはそう変化する必然性はないであろう。しかし、自然界にお いてそうあり得た限り、人事界においてもそうあり得るとして、そうあるべく、人間の実践によってそれを充足した のである。こうして、天の意志に則る実践がおのずから養われるに至った。自然から学ぶということは、理論と実 践との調和の中にあって、人生の智恵を得ることである。われわれが中国の古典を読んで、勇気づけられるの は、そこに実践によって達せられる未来の希望があるからである。 『孫子』の思想も、正に自然から学び取った英智の結晶である。そこには、人間によって研ぎすまされた極度の 人智・人為がありながら、それが自然のいとなみの中に埋没している感さえある。その思想の広大さ深遠さは、 宇宙の目から戦争を捉え,神明の心から人心の機徴を説くからであろう。『孫子』の思想は優れた芸術作品とも 言えよう。 さて、『孫子』の思想は、好んで戦争を起こすものでは決してない。戦争に見合う利は絶対にないからである。『孫 子』の思想は、あくまでも受動者の立場に立って、おのれの万全を守るためのものである。その万全を期するた めに、あらかじめその心構えを、『孫子』は説いている。それは、計篇・作戦篇・謀攻篇・軍争篇・用間篇によって 知るところである。しかし、現実は冷酷で、戦争が避けられないとするならば、おのれの死生・存亡に際して敢然 と立ち向うための秘策が、そこにある。われわれはそれに対して身ぶるいを禁じ得ないであろう。国家間に法及 至道徳がない限り、これも現実のきびしい一面として、われわれは受容しなければならないのであろうか。 『孫子』の思想は、一国の軍をひきいる将軍の心術を説くものである。それは気弱き者に勇気を与える。『孫子』 を読むと、気宇が広大となり、前途に横たわる困難に畏怖する心がおのずから消滅しよう。しかるに、世の人は 『孫子』の思想を誤解している。一己の欲望を達せんとして、事なき時に進んで秘策を弄しようとする。これは本 末顛倒も甚だしい。このようにして墓穴を掘らぬためしのないことは、既に歴史の教えるところである。 現実の世を生き行くことは、いろいろの面において、厳しい。『孫子』の思想は、戦争という一面についての打開 策である。それ以外の面において、それぞれの困難を打開するには、われわれはまた、自然界の中から新たに 学び取らなければならない。自然現象は、われわれに明日への新しい道を教えようとしている。 『孫子』は、筆者が若いころ愛読した書の一つである。筆者は『論語』によって、人の心の尊さを教えられ、社会 は、人の真心とその思いやりとで、安定することを知った。しかし、『論語』の中の一つ一つの教えが、現実におい てどのように位置するのか、あるいは現実にどう適用されるのか、筆者はと惑うばかりであった。また『老子』によ って、人為を弄することなく、自然のままに一切を任せることを教えられた。心静かな夜、それは筆者の心に安ら ぎを与えてくれた。しかし、有為の志ある身は、日中それを忘却していることが殆どであった。こうして、現実の荒 波のままに筆者は浮沈し、われを失っていたのである。 そのような時、『孫子』を読んで、『孫子』は筆者の心を強く執えた。『孫子』は、人の世を生き行く方法を教えてく れたからである。 人はそれぞれ、その地の風俗・習慣・環境・教育・職業などによって培われたその人の立場によって、その考え かたを異にし、心の持ちかたを異にしている。そして、その考えかた、心の持ちかたが、言葉として行動として外 に表現される時、それは、更にそれぞれの人の個性、その時の気分などによって、一様ではない。たとえ、同じ 立場にある人に対しても、人はその真意を計り知ることが容易ではない。まして人と人との間に利害関係のある 場合、当事者が意識していようと意識していなかろうと、利己的に心が動くのが通例で、その人の心とその人の 言動との関係は複雑になって来る。人と人との間に、心が率直につながる共通の地盤がない限り、人は相互に 誤解し、誤解されることは極めて当たり前のことである。『孫子』は、筆者に人の心の動きを知る方法を教えてく れた。筆者は、その人の言動を通してその心の動きを知ることによって、安心した。それに対応する心がまえが おのずと生ずるからである。たとえ、馬鹿正直なところを衝かれ、相手に翻弄されていることを知りつつも、翻弄 されることに甘んじていた。その事によって、いよいよ人の心を知ることができるからである。また、その際術策を 弄することは、筆者の性に合わなかったからでもある。それは若干『老子』の影響によるものでもあった。 『論語』『老子』は、畢竟王者たる者の学である。その教えを胸中に懐きつつ、『孫子』によって現実の荒波を乗り 越えて行くことを、こうして知ったのである。『孫子』は、若いころの筆者にどう生きて行くか、その道を教え、限りな く勇気を与えてくれた。 そのころ、『孫子』は護符のように筆者のポケットの中にいつもあった。今、その『孫子』の真意を追求して、それ を文庫本として世に出すことに、喜びを禁じえない。また、本書によって、得るところがあるならば、それは望外の 喜びである。

--- 天野鎮雄博士訳・注(1975・講談社文庫「孫子」・あとがき より ---

 

 

 

  三島彦助先生の倫理哲学の授業で「孫子」という本があることを知り、その年の夏(昭和50年)に、この天野鎮雄博士の講談社文庫「孫子」 320円を手に入れた。それは後に、大橋武夫先生の著書に出会うきっかけになり、大橋先生の「兵法経営塾」に参加させていただき、大橋先生・武岡先生に出会うことになる。三島先生ご夫妻や武岡先生には畏れ多いことに媒酌の労をとっていただいた。大橋先生の奥様やご息女S様、武岡先生の奥様より大変貴重な御遺品・お形見を拝領した。今日の自分があるのはすべて天野博士の「孫子」とそれを導いていただいた先生方の御蔭である。ここに、改めて心から「感謝」の意を記させていただきます。-平成21年5月 (サイト主宰者)

『 孫 子 』 以下全文、読み下し

(明、嘉靖刊本「孫子集註」底本)--天野鎮雄博士訳・注(1975・講談社文庫)より--

 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間

一、

孫子曰く、兵は國の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざる可からず。故に之を經むるに五事を以てし、之を校するに計を以てして、其の情を索む。一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。道とは民をして上と意を同じくせしむるなり。故に以て之と死す可く、以て之と生く可くして、危きを畏れざるなり。天とは陰陽・寒暑・時制なり。地とは遠近・険易・広狭・死生なり。将とは智・信・仁・勇・厳なり。法とは曲制・官道・主用なり。凡そ此の五者、将、聞かざるは莫し。之を知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。
故に之を校するに計を以てして、其の情を索む。曰く、主孰れか有道なる、将孰れか有能なる、天地孰れか得たる、法令孰れか行はるる、兵衆孰れか強き、士卒孰れか錬れたる、賞罰孰れか明らかなる。吾、此れを以て勝負を知る。
将、吾が計を聴きて之を用ふれば、必ず勝たん。之に留まらん。将、吾が計を聴きて之を用ひずんば、必ず敗れん。之を去らん。計、利として以て聴かるれば、及ち之が、勢を為して、以て其の外を佐く。勢とは利に因りて権を制するなり。
兵は詭道なり。故に能にして之に不能を示し、用にして之に不用を示し、近くして之に遠きを示し、遠くして之に近きを示し、利して之を誘い、乱して之を取り、実にして之に備え、強くして之を避け、怒りて之を撓し、卑うして之を驕らせ、佚にして之を労し、親しみて之を離し、其の無備を攻め、其の不意に出づ。此れ兵家の勝、先に伝う可からざるなり。
夫れ未だ戦はずして廟算するに、勝つ者は算を得ること多し。未だ戦はずして廟算するに、勝たざる者は算を得ること少なし。算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而るを況んや算無きに於てをや。吾、此を以て之を観れば、勝負見はる。
 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間
 

二、作戦

孫子曰く、凡そ兵を用ふるの法、馳車千駟、革車千乗、帯甲十萬、千里に糧を饋れば、則ち内外の費、賓客の用、膠漆の材、車甲の奉、日に千金を費す。然る後に十萬の師挙がる。
其の戦を用ふるや、勝も久しければ、則ち兵を鈍らし鋭を挫く。城を攻むれば、則ち力屈す。久しく師を暴せば、則ち國用足らず。夫れ兵を鈍らし鋭を挫き、力を屈し貨を殫さば、則ち諸侯其の弊に乗じて起らん。智者有りと雖も、其の後を善くする能はず。故に兵は拙速を聞く。未だ功の久しきを睹ざるなり。夫れ兵久しうして國に利ある者、未だ之有らざるなり。故に盡く兵を用ふるの害を知らざる者は、則ち盡く兵を用ふるの利を知る能はざるなり。
善く兵を用ふる者は、役、再籍せず、糧、三載せず、用を國に取り、糧を敵に因る。故に軍食足る可し。
國の師に貧しきは、遠く輸ればなり。遠く輸れば、則ち百姓貧し。師に近き者は貴賣す。貴賣すれば、則ち百姓の財竭く。財竭くれば、則ち丘役に急なり。力屈し財中原に殫き、内、家に虚し。百姓の費、十に其の七を去る。公家の費、破車・罷馬・甲冑・矢弩、戟楯・蔽櫓、丘牛・大車、十に其の六を去る。
故に智者は務めて敵に食む。敵の一鐘を食むは、吾が二十鐘に当たる。芑秣一石は、吾が二十石に当たる。
故に敵を殺すは怒なり。敵に取るの利は貨なり。故に車戦に車十乗巳上を得れば、其の先に得たる者を賞して、其の旌旗を更へ、車は雑へて之に乗らしめ、卒は善くして之を養ふ。是を敵に勝ちて強を益すと謂ふ。
故に兵は勝を貴びて、久しきを貴ばず。故に兵を知るの将は、生民の司命、國家安危の主なり。
 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間
 
三、謀攻
孫子曰く、凡そ兵を用ふるの法、國を全うするを上と為し、國を破るは之に次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ。是の故に百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。戦はずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。故に上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。其の下は城を攻む。
城を攻むるの法は、已むを得ざるが為なり。櫓・轒轀を修め、器械を具ふ。三月にして後に成る。距堙又三月にして後に已む。将其の忿に勝へずして、之に蟻附し、士を殺すこと三分の一にして、城抜けざるは、此れ攻むるの災なり。
故に善く兵を用ふる者は、人の兵を屈するも、戦ふに非ざるなり。人の城を抜くも、攻むるに非ざるなり。人の國を毀るも、久しきに非ざるなり。必ず全を以て天下に争ふ。故に兵頓れずして利全かる可し。此れ謀攻の法なり。
故に兵を用ふるの法、十なれば則ち之を囲み、五なれば則ち之を攻め、倍なれば則ち之を分ち、敵すれば則ち能く之と戦ひ、少なれば則ち能く之を逃れ、若かざれば則ち能く之を避く。故に小敵の堅は、大敵の擒なり。
夫れ将は國の輔なり。輔周なれば則ち國必ず強く、輔隙あれば則ち國必ず弱し。故に君の軍に患へらるる所以の者三あり。軍の以て進む可からざるを知らずして、之に進めと謂ひ、軍の以て退く可からざるを知らずして、之に退けと謂ふ。是を縻軍と謂ふ。三軍の事を知らずして、三軍の政を同にすれば、則ち軍士惑ふ。三軍の権を知らずして、三軍の任を同にすれば、則ち軍士疑ふ。三軍既に惑ひ且つ疑はば、則ち諸侯の難至らん。是を軍を乱し勝を引くと謂ふ。故に勝を知るに五有り。以て戦ふ可きと、以て戦ふ可からざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下欲を同じうする者は勝つ。虞を以て不虞を待つ者は勝つ。将能にして君御せざる者は勝つ。此の五者は勝を知るの道なり。
故に曰く、彼を知り己を知れば、百戦して殆からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦ふ毎に必ず殆し。
 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間
 
四、
孫子曰く、昔の善く戦ふ者は、先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つ。勝つ可からざるは己に在り。勝つ可きは敵に在り。故に善く戦ふ者は、勝つ可からざるを為し能ふも、敵をして勝つ可からしむる能はず。故に曰く、勝ちは知る可くして、為す可からず、と。
勝つ可からずとは守るなり。勝つ可しとは攻むるなり。守れば足らず、攻むれば余り有り。善く守る者は、九地の下に蔵れ、善く攻むる者は、九天の上に動く。故に能く自ら保ちて、勝を全うす。
勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非らざるなり。戦ひ勝ちて天下善しと曰ふも、善の善なる者に非ざるなり。故に秋毫を挙ぐるは多力と為さず。日月を見るは明目と為さず。雷霆を聞くは聰耳と為さず。古の所謂善く戦ふ者は、勝ち易きに勝つ者なり。故に善く戦ふ者の勝つや、智名無く、勇功無し。
故に其の戦ひ勝つこと忒はずとは、其の措く所必ず勝つなり。巳に敗るるに勝つ者なり。故に善く戦ふ者は、不敗の地に立ちて、敵の敗を失はざるなり。是の故に勝兵は先づ勝ちて、而る後に戦を求め、敗兵は先づ戦ひて、而る後に勝を求む。
善く兵を用ふる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。兵法に、一に曰く度、二に曰く量、三に曰く數、四に曰く稱、五に曰く勝。地は度を生じ、度は量を生じ、量は數を生じ、數は稱を生じ、稱は勝を生ず。
故に勝兵は鎰を以て銖を稱るが若く、敗兵は銖を以て鎰を稱るが若し。勝者の民を戦はすや、積水を千仞の谿に決するが若きは、形なり。
 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間
 
五、
孫子曰く、凡そ衆を治むること寡を治むるが如くするは、分數是なり。衆を闘はすこと寡をはすが如くするは、形名是なり。三軍の衆、必ず敵を受けて、敗無からしむ可きは、奇正是なり。兵の加ふる所、碬を以て卵に投ずるが如くするは、虚実是なり。
凡そ戦は正を以て合ひ、奇を以て勝つ。故に善く奇を出す者は、窮まり無きこと天地の如く、竭きざること江河の如し。終りて復始まるは、日月是なり。死して復生ずるは、四時是なり。聲は五に過ぎざるも、五聲の變は、勝げて聞く可からず。色は五に過ぎざるも、五色の變は、勝げて観る可からず。味は五に過ぎざるも、五味の變は、勝げて嘗む可からず。奇正の相生ずること、循環の端無きが如し。孰か能く之を窮めん。
激水の疾くして石を漂はすに至る者は、勢なり。鷙鳥の疾くして毀折に至る者は、節なり。是の故に善く戦ふ者は、其の勢險に、其の節短なり。勢は弩を彍るが如くし、節は機を發するが如くす。
紛紛紜紜として戦ひ乱れて、乱す可からず。渾渾沌沌として形圓にして、敗る可からず。
乱は治より生じ、怯は勇より生じ。弱は彊より生ず。治乱は數なり。勇怯は勢なり、彊弱は形なり。
故に善く敵を動かす者は、之に形すれば敵必ず之に従ひ、之に予ふれば敵必ず之を取る。利を以て之を動かし、以て卒に之を待つ。
故に善く戦ふ者は、之を勢に求めて、人を責めず。故に能く人を擇てて勢に任ず。勢に任ずる者は、其の人を戦はしむるや、木石を轉ずるが如し。木石の性、安なれば則ち静に、危なれば則ち動き、方なれば則ち止まり、圓なれば則ち行く。故に善く人を戦はしむるの勢、圓石を千仞の山に轉ずるが如きは、勢なり。
 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間
 
六、虚實
孫子曰く、凡そ先に戦地に處りて敵を待つ者は、佚し、後れて戦地に處りて戦に趨く者は、労す。故に善く戦ふ者は、人を致して人に致されず。能く敵人をして自ら至らしむるは、之を制すればなり。能く敵人をして至るを得ざらしむるは、之を害すればなり。故に敵佚すれば、能く之を労し、飽けば、能く之を餓えしめ、安んずれば、能く之を動かす。其の趨らざる所に出で、其の意はざる所に趨る。千里を行きて労せざるは、無人の地を行けばなり。
攻めて必ず取るは、其の守らざる所を攻むればなり。守りて必ず固きは、其の攻めざる所を守ればなり。故に善く攻むる者は、敵、其の守る所を知らず。善く守る者は、敵、其の攻むる所を知らず。微なるかな、微なるかな、無形に至る。神なるかな、神なるかな、無聲に至る。故に能く敵の司命を為す。進みて禦ぐ可からざるは、其の虚を衝けばなり。退きて追う可からざるは、速にして及ぶ可からざればなり。
故に我戦はんと欲すれば、敵、壘を高くし溝を深くすと雖も、我と戦はざるを得ざるは、其の必ず救う所を攻むればなり。我戦を欲せざれば、地に畫して之を守るも、敵、我と戦ふを得ざるは、其の之く所に乖けばなり。
故に人を形して我無形なれば、則ち我専にして敵分る。我専にして一と為り、敵分れて十と為れば、是十を以て其の一を攻むるなり。則ち我衆くして敵寡し。能く衆を以て寡を撃てば、則ち吾の與に戦ふ所は約なり。吾が與に戦ふ所の地、知る可からず。知る可からざれば、則ち敵の備ふる所の者多し。敵の備ふる所の者多ければ、則ち吾が與に戦ふ所の者寡し。故に前に備ふれば則ち後寡く、後に備ふれば則ち前寡く、左に備ふれば則ち右寡く、右に備ふれば則ち左寡し。備へざる所無ければ、則ち寡からざる所無し。寡きは人に備ふる者なり。衆きは人をして己に備へしむる者なり。故に戦の地を知り、戦の日を知れば、則ち千里にして合戦す可し。戦の地を知らず、戦の日を知らざれば、則ち左、右を救ふ能はず、右、左を救ふ能はず、前、後を救ふ能はず、後、前を救ふ能はず。而るを況んや遠きは数十里、近きは数里なるをや。
吾を以て之を度るに、越人の兵多しと雖も、亦奚ぞ勝敗に益あらん。故に曰く、勝は為す可きなり。敵衆しと雖も、闘ふこと無からしむ可し、と。
故に之を策りて得失の計を知り、之を作して動静の理を知り、之を形して死生の地を知り、之に角れて有餘不足の處を知る。
故に兵を形するの極は、無形に至る。無形なれば、則ち深間も窺ふ能はず。形に因りて勝を衆に錯く。衆知る能はず。人皆我が勝つ所以の形を知りて、吾が勝を制する所以の形を知る莫し。故に其の戦ひ勝つに復びせずして、形を無窮に鷹ず。
夫れ兵の形は水に象る。水の形は高きを避けて下きに赴き、兵の形は實を避けて虚を撃つ。水は地に因りて流を制し、兵は敵に因りて勝を制す。故に兵は常勢無く、水は常形無し。能く敵に因りて変化し、而して勝を取る者、之を神と謂ふ。故に五行に常勝無く、四時に常位無く、日に短長有り、月に死生有り。
 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間
 
七、軍争
孫子曰く、凡そ兵を用ふるの法、命を君に受け、軍を合はせ衆を聚め、和を交へて舎するに、軍争より難きは莫し。軍争の難きは、迂を以て直と為し、患を以て利と為せばなり。故に其の途を迂にして、之を誘ふに利を以てし、人に後れて発し、人に先んじて至る。此れ迂直の計を知る者なり。
故に軍争は利の為にせば、軍争は危為り。軍を挙げて利を争へば、則ち及ばず、軍を委てて利を争へば、則ち輜重捐てらるればなり。是の故に甲を巻きて走り、日夜處らず、道を倍して兼行し、百里にして利を争へば、則ち三将軍を擒にす。勁き者は先んじ、疲るる者は後れ、其の法十が一にして至ればなり。五十里にして利を争へば、則ち上将軍を厥す。其の法半ば至ればなり。三十里にして利を争へば、則ち三分の二至る。是の故に軍、輜重無ければ則ち亡び、糧食無ければ則ち亡び、委積無ければ則ち亡ぶ。故に諸侯の謀を知らざれば、豫め交はること能はず。山林・険阻・沮澤の形を知らざれば、軍を行ること能はず。郷導を用ひざれば、地の利を得ること能はず。
故に兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり。故に其の疾きこと風の如く、其の徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷震の如く、郷に掠めて衆に分ち、地を廓めて利を分ち、権を懸けて動く。先ず迂直の計を知る者は勝つ。此れ軍争の法なり。
軍政に曰く、言うこと相聞えず、故に金鼓を為る。視ること相見えず、故に旌旗を為る、と。夫れ金鼓・旌旗は、人の耳目を一にする所以なり。人既に専一なれば、則ち勇者も獨り進むを得ず、怯者も獨り退くを得ず。此れ衆を用ふるの法なり。故に夜戦には火鼓を多くし、晝戦には旌旗を多くす。人の耳目を変ずる所以なり。故に三軍は気を奪う可く、将軍は心を奪う可し。
是の故に朝気は鋭く、晝気は惰り、暮気は歸る。故に善く兵を用ふる者は、其の鋭気を避け、其の惰歸を撃つ。此れ気を治むる者なり。治を以て乱を待ち、静を以て譁を待つ。此れ心を治むる者なり。近きを以て遠きを待ち、佚を以て労を待ち、飽を以て饑を待つ。此れ力を治むる者なり。正正の旗を迎ふる無かれ、堂堂の陳を撃つ勿かれ。此れ変を治むる者なり。
故に兵を用ふるの法、高陵には向ふ勿かれ、丘を背にするには逆ふ勿れ、佯り北ぐるには従ふ勿れ、鋭卒は攻むる勿かれ、餌兵は食ふ勿かれ、歸師は遏むる勿かれ、師を圍めば必ず闕き、窮寇には迫る勿かれ。此れ兵を用ふるの法なり。
 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間
 
八、九變
孫子曰く、凡そ兵を用ふるの法、将、命を君に受け、軍を合はせ衆を聚むれば、圮地には舍る無く、衢地には交はり合ひ、絶地には留まる無く、圍地には則ち謀り、死地には則ち戦ふ。
塗も由らざる所有り、軍も撃たざる所有り、城も攻めざる所有り、地も争はざる所有り、君命も受けざる所有り。
故に将、九変の地利に通ずれば、兵を用ふるを知る。将、九変の利に通ぜざれば、地形を知ると雖も、地の利を得る能はず。兵を治むるに、九変の術を知らざれば、五利を知ると雖も、人の用を得る能はず。
是の故に智者の慮は、必ず利害を雑ふ。利を雑へて務むれば、信ぶ可し。害を雑へて患ふれば、解く可し。是の故に諸侯を屈するには害を以てし、諸侯を役するには業を以てし、諸侯を趨らすには利を以てす。
故に兵を用ふるの法、其の来らざるを恃むこと無く、吾が以て待つ有るを恃むなり。其の攻めざるを恃むこと無く、吾が攻む可からざる所有るを恃むなり。
故に将に五危有り。必死は殺す可く、必生は虜とす可く、忿速は侮る可く、廉潔は辱しむ可く、愛民は煩はす可し。凡そ此の五者は将の過なり、兵を用ふるの災なり。軍を覆し将を殺すは、必ず五危を以てす。察せざる可からざるなり。
 
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九、行軍

孫子曰く、凡そ軍を處き敵を相するに、山を絶れば谷に依る。生を視て高きに處る。隆きに戦ひて登る無かれ。此れ山に處るの軍なり。水を絶れば必ず水より遠ざかる。客、水を絶りて来たらば、之を水内に迎ふる勿かれ。半ば濟らしめて之を撃たば利なり。戦はんと欲すれば、水に附きて客を迎ふる無かれ。生を視て高きに處る。水流を迎ふる無かれ。此れ水上に處るの軍なり。斥澤を絶れば、惟亟かに去りて留まる無かれ。若し軍を斥澤の中に交ふれば、必ず水草に依りて衆樹を背にせよ。此れ斥澤に處るの軍なり。平陸には易きに處りて高きを右背にす。死を前にし生を後にす。此れ平陸に處るの軍なり。凡そ此の四軍の利は、黄帝の四帝に勝ちし所以なり。
凡そ軍は高きを好んで下きを惡み、陽を貴んで陰を賤しみ、生を養ひて實に處る。軍に百疾無くんば、是を必勝と謂ふ。丘陵・堤防には、必ず其の陽に處りて、之を右背にす。此れ兵の利、地の助けなり。
上、雨ふりて水沫至らば、渉らんと欲する者は其の定まるを待て。凡そ地に絶澗・天井・天牢・天羅・天陥・天隙有らば、必ず亟かに之を去りて近づく勿かれ。吾は之に遠ざかり、敵は之に近づかしめ、吾は之を迎へ、敵は之を背にせしめよ。
軍行に険阻・潢井・葭葦・山林・翳薈有れば、必ず謹んで之を覆索せよ。此れ伏姦の處る所なり。敵近くして静なるは、其の険を恃むなり。遠くして挑戦するは、人の進むを欲するなり。其の居る所に易きは、利あるなり。衆樹動くは、来るなり。衆草障り多きは、疑はしむるなり。鳥起つは、伏なり。獣駭くは、覆なり。塵高くして鋭きは、車来るなり。卑くして廣きは、徒来るなり。散じて條達するは、樵採するなり。少くして往来するは、軍を営むなり。
辭卑くして備を益すは、進むなり。辭彊くして進驅するは、退くなり。輜車先に出でて、其の側に居るは、陳するなり。約無くして和を請ふは、謀るなり。奔走して兵車を陳ぬるは、期するなり。半ば進み半ば退くは、誘ふなり。杖つきて立つは、飢うるなり。汲みて先づ飲むは、渇けるなり。利を見て進まざるは、労せるなり。鳥集まるは、虚なり。夜呼ぶは、恐るるなり。軍擾るるは、将重からざるなり。旌旗動くは、乱るるなり。吏怒るは、倦めるなり。馬に粟し肉食して、軍に缻を懸くること無く、其の舎に返らざるは、窮寇なり。諄諄翕翕として、徐に人と言ふは、衆を失へるなり。數賞するは、窘しめるなり。數罰するは、困しめるなり。兵怒りて相迎へ、久しくして合はず、又相去らざるは、必ず謹んで之を察せよ。
兵は多きを益とするに非ざるなり。惟武進する無かれ。以て力を併せ敵を料るに足りて、人を取るのみ。夫れ惟慮無くして、敵を易る者は、必ず人に擒にせらる。
卒未だ親附せずして之を罰すれば、則ち服せず。服せざれば則ち用ひ難し。卒已に親附して罰行はざれば、則ち用ふ可からず。故に之に令するに文を以てし、之を齊ふるに武を以てす。是を必ず取ると謂ふ。令素より行はれて、以て其の民に教ふれば、則ち民服す。令素より行はれずして、以て其の民に教ふれば、則ち民服せず。令素より行はるれば、衆と相得るなり。
 
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十、地形
孫子曰く、地形に、通なる者有り、挂なる者有り、支なる者有り、隘なる者有り、険なる者有り、遠なる者有り。我以て往く可く、彼以て来る可きを通と曰ふ。通形は、先づ高陽に居りて、糧道を利し、以て戦へば則ち利あり。以て往く可くして、以て返り難きを挂と曰ふ。挂形は、敵、備無ければ、出でて之に勝つ。敵若し備有り、出でて勝たざれば、以て返り難くして不利なり。我出でて利あらず、彼出でて利あらざるを支と曰ふ。支形は、敵、我を利すと雖も、我出づること無かれ。引きて之を去る。敵をして半ば出でしめて之を撃たば利あり。隘形は、我先づ之に居らば、必ず之を盈たして以て敵を待つ。若し敵先づ之に居り、盈つれば従ふこと勿かれ。盈たざれば之に従ふ。険形は、我先づ之に居らば、必ず高陽に居り、以て敵を待つ。若し敵先づ之に居らば、引きて之を去る。従ふこと勿かれ。遠形は、勢均しければ、以て戦を挑み難し。戦ひて利あらず。凡そ此の六者は、地の道なり。将の至任、察せざる可からざるなり。
故に兵に走る者有り、弛む者有り、陥る者有り、崩るる者有り、乱るる者有り、北ぐる者有り。凡そ此の六者は天の災に非ず、将の過なり。夫れ勢均しくして、一を以て十を撃つを走と曰ふ。卒強く吏弱きを弛と曰ふ。吏強く卒弱きを陥と曰ふ。大吏怒つて服せず、敵に遭ひ懟みて自ら戦ひ、将其の能を知らざるを崩と曰ふ。将弱くして厳しからず、教道明かならず、吏卒常無く、兵を陳ぬるに縦横なるを乱と曰ふ。将、敵を料る能はず、少を以て衆に合はせ、弱を以て強を撃ち、兵に選鋒無きを北と曰ふ。凡そ此の六者は、敗の道なり、将の至任、察せざる可からざるなり。
夫れ地形は兵の助けなり。敵を料り勝を制し、険阨・遠近を計るは、上将の道なり。此を知りて戦に用ふれば、必ず勝つ。此れを知りて戦に用ひざれば、必ず敗る。
故に戦道必ず勝たば、主、戦ふ無かれと曰ふも、必ず戦て可なり。戦道勝たざれば、主、必ず戦へと曰ふも、戦ふこと無くして可なり。故に進んで名を求めず、退きて罪を避けず。唯人を是れ保ちて、利、主に合ふ。國の寶なり。
卒を視ること嬰児の如し、故に之と深谿に赴く可し。卒を視ること愛子の如し、故に之と倶に死す可し。厚くして使ふ能はず、愛して令する能はず、乱れて治むる能はず。譬へば驕子の若し、用ふ可からず。
吾が卒の以て撃つ可きを知りて、敵の撃つ可からざるを知らざるは、勝の半ばなり。敵の撃つ可きを知りて、吾が卒の以て撃つ可きを知りて、地形の以て戦ふ可からざるを知らざるは、勝の半ばなり。故に兵を知る者は、動いて迷はず、挙げて窮せず。故に曰く、彼を知り己を知れば、勝乃ち殆からず。天を知り地を知れば、勝乃ち窮らず、と。
 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間
 
十一、九地
孫子曰く、兵を用ふるの法、散地有り、輕地有り、争地有り、交地有り、衢地有り、重地有り、圮地有り、圍地有り、死地有り。諸侯自ら其の地に戦ふを、散地と為す。人の地に入りて深からざるを、輕地と為す。我得れば則ち利あり、彼得るも亦利あるを、争地と為す。我以て往く可く、彼以て来る可きを、交地と為す。諸侯の地三属して、先に至りて天下の衆を得るを、衢地と為す。人の地に入ること深く、城邑を背にすること多きを、重地と為す。山林・険阻・沮澤、凡そ行き難きの道を行くを、圮地と為す。由りて入る所の者隘く、從りて歸る所の者迂にして、彼の寡、以て吾の衆を撃つ可きを、圍地となす。疾く戦へば則ち存し、疾く戦はざれば則ち亡ぶるを、死地と為す。是の故に、散地には則ち戦ふこと無く、輕地には則ち止まること無く、争地には則ち攻むること無く、交地には則ち絶つこと無く、衢地には則ち交を合はせ、重地には則ち掠め、圮地には則ち行き、圍地には則ち謀り、死地には則ち戦ふ。
所謂、古の善く兵を用ふる者は、能く敵人をして、前後相及ばず、衆寡相恃まず、貴賎相救はず、上下相収めず、卒離れて集まらず、兵合ふも齊はざらしむ。利に合ひて動き、利に合はずして止む。
敢て問ふ、敵衆く整ひて将に来たらんとす、之を待つこと若何、と。曰く、先づ其の愛する所を奪へば則ち聴く。兵の情は、速なるを主とす。人の及ばざるに乗じ、慮らざるの道に由り、其の戒めざる所を攻む、と。
凡そ客為るの道、深く入れば則ち専にして、主人克たず。饒野に掠めて、三軍食を足し、謹み養ひて労すること勿く、気を併せ力を積みて兵を運らし、計謀して測る可からざるを為し、之を往く所無きに投ずれば、死すとも且つ北げず、死せば、焉くんぞ士人力を盡すを得ざらん。兵士甚だ陥れば、則ち懼れず。往く所無ければ、則ち固し。深く入れば、則ち拘す。已むを得ざれば、則ち闘ふ。是の故に其の兵、修めずして戒め、求めずして得、約せずして親しみ、令せずして信あり。祥を禁じ疑を去れば、死に至るまで之く所無し、吾が士餘財無し、貨を惡むに非ざるなり。餘命無し、壽を惡むに非ざるなり。令発するの日、士卒の坐する者涕襟を霑し、偃臥する者涕頤に交はる。之を往く所無きに投ずれば、諸劌の勇なり。
故に善く兵を用ふるは、譬へば率然の如し。率然とは常山の虵なり。其の首を撃てば則ち尾至り、其の尾を撃てば則ち首至り、其の中を撃てば則ち首尾倶に至る。敢て問ふ、兵は率然の如くならしむ可きか、と。曰く、可なり。夫れ呉人と越人とは相惡むも、其の船を同じくして濟り風に遇ふに當りて、其の相救ふこと、左右の手の如し、と。是の故に馬を方べ輪を埋むるも、未だ恃むに足らざるなり。勇を齊へて一の若くするは、政の道なり。剛柔皆得るは、地の理なり。故に善く兵を用ふる者は、手を攜へて一人を使ふが若くす。已むを得ざればなり。
将軍の事は、静にして以て幽に、正にして以て治なり。能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易へ、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易へ、其の途を迂にして、人をして慮ること得ざらしむ。帥いて之と期するや、高きに登りて其の梯を去るが如くし、帥いて之と深く諸侯の地に入りて、其の機を発するや、船を焚き釜を破りて、群羊を驅るが若く、驅られて往き、驅られて来り、之く所を知る莫し。三軍の衆を聚めて、之を険に投ず。此を将軍の事と謂ふなり。
九地の變、屈伸の利、人情の理、察せざる可からず。
凡そ客為るの道、深ければ則ち専、浅ければ則ち散なり。國を去り境を越えて師する者は、絶地なり。四達する者は、衢地なり。入ること深き者は、重地なり。入ること浅き者は、輕地なり。固を背にし隘を前にする者は、圍地なり。往く所無き者は、死地なり。是の故に散地には吾将に其の志を一にせんとす。輕地には吾将に之をして屬せしめんとす。争地には吾将に其の後に赴かんとす。交地には吾将に其の守りを謹まんとす。衢地には吾将に其の結びを固くせんとす。重地には吾将に其の食を継がんとす。圮地には吾将に其の塗を進まんとす。圍地には吾将に其の闕を塞がんとす。死地には吾将に之に示すに活きざるを以てせんとす。故に兵の情、圍まるれば則ち禦ぎ、已むを得ざれば則ち闘ひ、過ぐれば則ち従ふ。
是の故に諸侯の謀を知らざれば、預め交はること能はず。山林・険阻・沮澤の形を知らざれば、軍を行ること能はず。郷導を用ひざれば、地の利を得ること能はず。
四五の者、一をも知らざれば、覇王の兵に非ず。夫れ覇王の兵は、大國を伐てば、則ち其の衆聚まるを得ず、威、敵に加ふれば、則ち其の交はり、合ふを得ず。是の故に天下の交を争はず、天下の権を養はず。己の私を信べ、威、敵に加はる。故に其の城抜く可く、其の國隳る可し。
無法の賞を施し、無政の令を懸け、三軍の衆を犯りて、一人を使ふが若くす。之を犯るに事を以てして、告ぐるに言を以てすること勿かれ。之を犯るに利を以てして、告ぐるに害を以てすること勿かれ。之を亡地に投じて、然る後に存し、之を死地に陥れて、然る後に生く。夫れ衆は害に陥りて、然る後に能く勝敗を為す。
故に兵を為むるの事は、敵の意に順詳するに在り。敵を一向に併せて、千里にして将を殺す。此を巧みに能く事を成す者と謂ふなり。是の故に政挙るの日、關を夷め符を折りて、其の使を通ずること無く、廊廟の上に厲まし、以て其の事を誅む。敵人開闔すれば、必ず亟かに之に入り、其の愛する所を先にして、微かに之と期し、踐墨して敵に随ひ、以て戦事を決す。是の故に始めは處女の如し、敵人戸を開く。後は脱兎の如し、敵拒ぐに及ばず。
 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間
 
十二、火攻
孫子曰く、凡そ火攻に五有り、一に曰く、人を火く、二に曰く、積を火く、三に曰く、輜を火く、四に曰く、庫を火く、五に曰く、隊を火く、と。火を行ふに必ず因有り。煙火は必ず素より具ふ。火を発するに時有り。火を起すに日有り、時とは天の燥けるなり。日とは月の箕・壁・翼・軫に在るなり。凡そ此の四宿は風起るの日なり。
凡そ火攻は必ず五火の變に因りて之に應ず。火、内より発すれば、則ち早く之に外より鷹ぜよ。火発して兵静なれば、待ちて攻むること勿かれ。其の火力を極め、従ふ可くして之に従ひ、従ふ可からずして止めよ。火、外より発す可くんば、内に待つこと無く、時を以て之を発せよ。火、上風に発し、下風を攻むること無かれ。晝風は久しく、夜風は止む。凡そ軍は必ず五火の変有るを知り、数を以て之を守る。
故に火を以て攻を佐くる者は明なり。水を以て攻を佐くる者は強なり。水は以て絶つ可くして、以て奪ふ可からず。夫れ戦ひ勝ち攻め取りて、其の功を修めざるは凶なり。命じて費留と曰ふ。
故に曰く、明主は之を慮り、良将は之を修む。利に非ざれば動かず、得るに非ざれば用ひず、危に非ざれば戦はず。主は怒りを以て師を興す可からず、将は慍りを以て戦を致す可からず。利に合ひて動き、利に合はずして止む。怒は以て喜びに復る可く、慍りは以て悦びに復る可し。亡國は以て存に復る可からず、死者は以て生に復る可からず。故に明君は之を慎み、良将は之を警む。此れ國を安んじ軍を全うするの道なり。
 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間
 
十三、用間
孫子曰く、凡そ師を興すこと十萬、出征すること千里なれば、百姓の費、公家の奉、日に千金を費す。内外騒動し、道路に怠りて、事を操るを得ざる者七十萬家、相守ること数年にして、以て一日の勝を争ふ。而るに爵禄百金を愛しみて、敵の情を知らざるは、不仁の至りなり。人の将に非ず、主の佐に非ず、勝の主に非ざるなり。故に明君賢将の動きて人に勝ち、成功衆より出づる所以の者は、先知なり。先知は鬼神に取る可からず、事に象る可からず、度に験す可からず。必ず人に取りて、敵の情を知る者なり。故に間を用ふ。
五有り、因間有り、内間有り、反間有り、死間有り、生間有り。五間倶に起りて、其の道を知る莫し。是を神紀と謂ふ。人君の寶なり。因間とは、其の郷人に因りて之を用ふ。内間とは、其の官人に因りて之を用ふ。反間とは、其の敵間に因りて之を用ふ。死間とは、誑りの事を外に為し、吾が間をして之を知らしめて、敵に傅ふるの間なり。生間とは、反りて報ずるなり。
故に三軍の事、間より親しきは莫く、賞は間より厚きは莫く、事は間より密かなるは莫し。聖智に非ざれば、間を用ふる能はず。仁義に非ざれば、間を使ふ能はず。微妙に非ざれば、間の實を得る能はず。微なるかな、微なるかな、間を用ひざる所無し。間事未だ発せずして先づ聞ゆれば、間と告ぐる所の者とは皆死す。
凡そ軍の撃たんと欲する所、城の攻めんと欲する所、人の殺さんと欲する所、必ず先づ其の守将・左右・謁者・門者・舎人の姓名を知るに、吾が間をして必ず之を索め知らしむ。必ず敵人の間の来りて我を間する者を索め、因りて之を利し、導きて之を舎す。故に反間は得て用ふ可きなり。是に因りて之を知る。故に郷間・内間は得て使ふ可きなり。故に因りて之を知る。故に死間は誑りの事を為して、敵に告げしむ可し。是に因りて之を知る。故に生間は期の如くならしむ可し。五間の事、主必ず之を知る。之を知るは必ず反間に在り。故に反間は厚くせざる可からざるなり。

昔殷の興るや、伊摯、夏に在り。周の興るや、呂牙、殷に在り。故に惟明君・賢将のみ能く上智を以て間と為す者にして、必ず大功を成す。此れ兵の要にして、三軍の恃みて動く所なり。

 

 

 
計 作戦 謀攻 形 勢 虚實 軍争 九變 行軍 地形 九地 火攻 用間
 

 

以上、孫子十三篇の読み下しであり、1975年から座右にして読み続けて来た大恩ある人生の書であるが、やはりこのままでは孫子の本来の思想は掴めないと改めて感じる。外国語、(漢文)の日本語読みではあるが、文中の表現方法や使われている文字がそれぞれ違っていて、重複した言葉が各篇に多く、内容も輝くように高踏的で簡明な文とそれらに似つかわしくない親切で詳らかな文が交錯しているように感じる。

 

大橋先生の著された「原子・孫子」をもとに「図解・孫子の思想」を作成してみたいと考えています。

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兵法 項羽と劉邦

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名将の演出

兵法 項羽と劉邦

兵法 徳川家康

状況判断

人は何によって動くのか

兵法 孫子

経営幹部100の兵法

図解兵法

 

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