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目録戦理戦いの要素統率状況判断戦略戦術大橋先生武岡先生・祈願・三陸皆様の心の復興 2011.3.11「 乃至法界平等利益自他倶安同歸寂光 」

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兵書抜粋

ランチェスター

ランチェスター・解説

「ランチェスターの法則」は1914年イギリスのフレデリック・ランチェスター(1868~1946)によって発表された戦闘における兵力の割合と損害量の間に秘められている一定の法則性を示したものである。ランチェスターの自動車工学エンジニアとしての技術的発明や航空工学者としての研究見識に基づいた提言によりイギリス政府は世界各国にさきがけて空軍省を創設したと云われる。ランチェスターの運用面での研究は「実際の戦闘において飛行機が何機と何機で戦ったら何機が撃墜されるか」を科学者らしい精緻なデータの収集分析によって探究しさらに海上戦闘および陸上戦闘の資料を研究して二つの法則を見出した。

ランチェスターの第一法則(一騎討ち理論)

限られた戦域で敵味方お互いが原始兵器(刀槍等)を使って戦った場合の戦闘結果は、お互いの初期兵力の差がそのまま勝ち残った方の「残存兵力」となる。
50人のA軍30人のB軍が戦えば、「50-30=20」で、B軍が残存兵力「0」、A軍が残存兵力「20」となる。

ランチェスターの第二法則(集中効果理論)

限られた戦域で敵味方お互いが確立兵器(自動小銃等)を使って戦った場合の戦闘結果は、お互いの初期兵力の自乗の比がそのまま勝ち残った方の「残存兵力」となる。
50人のA軍30人のB軍が戦えば、「50の二乗-30の二乗(2500-900)=√1600=40」で、B軍が残存兵力「0」、A軍が残存兵力「40」となる。

戦場力学

戦いは力関係の科学である。したがって戦史から導き出された原理・原則も、本来ならばエネルギーの物理学上の原理や性質、あるいはエネルギーの行使に関する理論から導き出すべきものであった。しかし物理学が体系づけられはじめたのは十九世紀に入ってからである。しかし戦いは人類や動物がこの世に出現して以来行われてきた。また人間の歴史のなかで、戦いが記録され、いまの世に残されるようになったのも数千年前からである。 したがって戦いの原理・原則なるものは、科学的な理論からではなく、戦いを体験した人たちの経験をもとに、推論を加えて記録され、次第に体系づけられてきたのが実情である。有名な中国の兵書「孫子」、これなども孫武が記述した『原始孫子』は、大橋武夫氏の研究によると、ごく簡単なものであったらしい。それが時代を経てゆくつれ誰かわからぬ人によって加筆され、現在われわれの目に見る「孫子」になったという。 兵法者の体験をもとに記述された兵書は、科学が発達しない時代背景が原因で、千古不磨の鉄則とはいいながら、力関係の優劣以上に、奇策や詐術、あるいは相手の虚に乗ずる策略が重視されてきた。しかし物質文明が進むにつれ、エネルギー・パワーのウェイトが高まり、その結果、自然界にみられる優勝劣敗、弱肉強食の原理が本然の姿をとり戻してきたのである。そうなると、奇策や詐術はある限界内でしか通用しなくなり、むしろ戦いに勝つには、力の物理的原理を知り、その正しい適用こそが要諦と考えられるように変わってきたのである。 この意味で戦いの力学を知っておくことは、戦理を理解する正道であり、かつ捷路であるのである。この点で先駆者といえるのは「ランチェスター」かもしれない。彼が空中戦から始まって地上戦にいたる多くの戦いを分析した結果発見した、①一騎討ちの法則、②集中効果の法則・・は、戦理の核心部分を述べたものといってよいからだ。
武岡先生-「兵法を制する者は経営を制す(勝利に導く戦理学入門)」-1983年(PHP研究所)「弱者の戦略・強者の戦略」-1989年(PHP研究所)より

大友杏葉

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