兵法塾 - 兵法と戦略・戦術の奥義 -
兵 法 塾
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谷干城

2016.04.14

2016.04.16

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
兵法は、たんに戦いの場だけでなく、政治の運営、企業の経営はもちろん、我々が人生を生きがいのあるものにするためにも、そのまま役に立つ。政治も企業も戦いも、要は組織の効果的な運用でありまた、人生は苦難の連続で、我々はこれに打ち勝たねば生きていけないし打ち勝つ事によって初めて真の喜びを感ずるものだからである。- 兵書抜粋 -
故・大橋武夫先生
 
誰でも、命がけの状況下にあっては知恵と努力の限りを尽くします。科学技術が、大きな戦争のあるたびに飛躍的に進歩をしているという歴史的事実も、その証明の一つでしょう。人間は「戦う存在」です。太古にケモノと対決したヒトも、中世に一騎打ちの勝負をした人も、集団の激突による近代戦を指揮した人も勝つために、創意と工夫をこらしました。兵法とか戦略というと、縁遠く、時代のズレを感じる人がいるかも知れません。しかし、これは先人たちが身体を張って打ち立ててきた人類の知恵であり、より強く生きたいと願う人に 残されたセオリーの宝庫なのです。- 兵法と戦略のすべて -
故・武岡淳彦先生

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チャーチル

「チャーチル」 アングロサクソンの世界戦略  (1985年 マネジメント社)
 ◯ 日本は目的を誤っていた  兵法は「目的を誤ってはならない。 「チャーチル」アングロサクソンの世界戦略 目的と目標とははっきり区別せよ」と主張しているが、我々はこの簡単な原則をマスターできなかったようである。近代日本の世界戦略の目的は「世界の資源と販路(市場)の公平なる再配分」であった。我々は日露戦争の国難を辛うじて切り抜け、その勢いに乗じて必死に働いたが、国民の生活はさっぱりよくならず、先年日本中を騒がせたテレビの「おしん」のような状態、たとえば愛しい娘をたった三十円で売らねばならないような窮境に陥ってしまった。そこで改めて国外に眼をやってみると、先進国が世界中の資源と販路(市場)を独占しており、それが我々の貧困の原因であることがわかった。このため日本は昭和初期以来、この両者の公平なる再配分を国際的に主張してきた。思えば第一次世界大戦も、出遅れたドイツがこれを要求し、これを既得権として拒否するアングロサクソンとの戦いだったのだ。また、これが我が国で起こった三月事件、十月事件、五・一五事件、二・二六事件などの昭和革新運動の原因であり、満州事変、支那事変、大東亜戦争、第二次世界大戦の底流をなしていたのである。資源と販路(市場)の再配分を主張する日本の世界戦略が「敵」とすべきものは、当時世界中のそれを独占していたアングロサクソン民族とくにイギリスでなくてはならない。それなのに日本は中国とアメリカを敵としてしまった。中国は共同して防戦すべきパートナーであり、アメリカはイギリスに躍らされていたダミーであった。またドイツが主敵としたのは、第一次世界大戦ではフランスであり、第二次世界大戦でドイツが戦って国をすり減らしたのはソ連である。どうもおかしい。どうしてそうなったのか、百年さかのぼって年表をしらべてみると、アングロサクソン民族の世界戦略がはっきり浮かび上がって来る。我々はどうしてこれに気付かなかったのであろう。我々がこれをはっきり認識せず、的確に対処できなかったのは、日本の世界戦略が確立していず、あるいは確立した世界戦略を適切に実行する組織と人物が無かったためではなかろうか。日本とドイツが世界の資源と販路(市場)の公平なる再配分を要求したのは正しいが、その実現のために武力に依存したのは不幸であった。アングロサクソンが世界の資源と販路(市場)を独占したのは、我々に先立ってこれに着眼し、我々が他のことに気を奪われている間に必死の努力をした賜である。これを強引に「よこせ」と言えば怒るに決まっている。我々は共通の利益を掲げて話し合う方式によらねばならない。孫子の「上下欲を同じくすれば勝つ」の兵法である。そしてこれを妨げするものは「戦争」と「保護貿易主義」であることを認識しなくてはなるまい。
大橋先生著 ---- 「チャーチル」 アングロサクソンの世界戦略「チャーチル」  マネジメント社 1985年4月)より ----

日本陸軍史百題

「日本陸軍史百題」 なぜ敗けたのか  (1995年 亜紀書房)
創業は易く守成は難しということわざがある。日本陸軍史はこの言葉がそのままあてはまる。 「日本陸軍史百題」なぜ敗けたのか 建軍から日露戦争までの四十年を、近代陸軍の創業とみれば、その後三十五年は守成だ。守成の末期の舵取りの誤りは、すでに守成の始まりの日露戦争後処理に、その芽がでていた。日本陸軍は十五年戦争に自ら進んでその幕を閉じたようにみられるが、その方向はすでに日露戦争後にきまっていたのである。  日露戦争の目的は、ロシアの南下政策を阻止することであったが、それが成功し、さらにその結果南満州に願ってもない大きな獲物を得てみると、こんどはそえを手放すのが惜しくなった。中国マーケットへの進出に、欧州列強に一歩遅れていたアメリカが、日露戦争に勝たせてやったお礼にと、南満州鉄道の買収を要求し、日本がそれを蹴ると他の利権を手をかえ品をかえて要求してきたのをさらに蹴ったのが、日米抗争の発端であった。その結果アメリカと中国をむすびつけることになってしまった。  国際関係でも、個人の間と同じように、恩恵を受けたらそれ相当のお礼をするのが当然だが、明治維新で世界と初めてつきあうようになった日本には、その常識がわからなかった。それは戦後の日本にもいえる。日本が現在のように経済大国になったのは、輸出商品で世界市場を席巻したからだ。それでは困るとアメリカやヨーロッパは日本の市場開放を要求してきているが、日本の対応はすっきりしない。そこで相手側は躍起となってたたみかけてくる。いまの日本は経済大国にしてくれたお礼に相応なことをしなければならないときである。それを商慣行と、日本製品の優秀さばかりいっていたら、やがてまた世界から独立する。かつては軍事的成功に酔って失敗の道へと踏み出したが、今度は経済的成功に酔って失敗への道に踏み出していないか、歴史をふり返って自己点検する時機がきている。  日本政府に国際社会でつきあっていく常識が不足していたように、日本陸軍にも日本の国の中でどうあるべきかを考える常識がなかった。国も軍も企業も個人も、その常識がなければ仲間とのつきあいができない。国際政治とはやさしくいえばこんなことではないだろうか。つきあいができなければ仲間はずれとなり、やがては独立化し消えていくしかない。それを知ることが大切な教養の基礎ではないかと思う。アメリカの心理学者マズローは人間の欲求を五段階に分け、その第三段階を「帰属と愛情の欲求」としたが、仲間入りしたい、仲間はずれにならない欲求である。これは人間の本能であるとともに処世の哲理である。日本陸軍にこのような教養がなかったことが国家を敗戦の淵に陥れたことはまぎれもない事実だが、国際連盟の脱退に示されたように、国にも他国とつきあっていく常識がなかったことを忘れてはならない。  ところでプロ野球を見ていてつくづく感ずることは、日本の野球は技(わざ)の野球、アメリカの野球は力の野球であることだ。力が技に勝ることは、助っ人と称する外人を各球団とも大金を出して、規定数の枠内で入れていることでわかる。日本陸軍の戦略・戦術は技のそれである。技とはわが実をもって敵の虚(スキ)を撃つ技術である。『孫子』はそれを虚実篇第六でのべる。しかし闘争の原理は優勝劣敗、力の強い方が勝つということだ。技は戦術の面では通用しても、戦略の面では通用しない。だから相手との力関係が大差のない戦争、日清戦争やロシアが十分に力を出さない段階で終った日露戦争では勝てた。しかし巨大戦力の相手と四つに組んだノモハンやアメリカとの戦いでは歯がたたなかった。そのような敵にはどうもがいても勝てないことを知らなかった原因は、日本陸軍の戦争研究がアカデミックでなかったからだ。  このような技を重視する戦術を重くみるようになって以来、日本陸軍は物質戦力、兵器を軽視するようになった。だがランチェスターの法則では、弱者は一騎打ち型(局地・接近戦)の戦いをするか、武器効率(エクスチェンジレート)をあげる、つまり相手よりすぐれた武器をもって戦うしか方法はないことを教える。となれば国家の経済力、特に工業力が足らないならならば、資材を余り使わなくてもよい兵器の研究開発に努力すべきであった。日本人にはその能力は十二分にあるのだから、精神力の向上とともに、技術度の高い兵器研究の開発にとりくむべきでなかったか。ところが実情は考えられないぐらい「兵器資材」つまり「もの」に対して冷淡になってしまったのである。これも先の戦略戦術同様、戦争の研究がアカデミックでなかったからにほかならない。  日本陸軍は終戦のとき、実に六百四十万人いた。しかしこれだけ巨大な組織でありながら、不思議なことに日本陸軍にはその管理の原則つまり組織論がない。一部参謀の専横な振舞や、関東軍の謀略、皇道派青年将校の部隊を使っての要人襲撃の暴挙などは、まともな組織論がなかったからだと言ってもいいすぎではない。アメリカが南北戦争のあと大工業国に成長していく過程で、多民族を擁する組織を、合理性、人間性、システム性、条件性、適応性、生産性の面から追及して組織論を確立し実地に活かした苦労を日本人は知らない。しかも日本人独特の阿吽(あうん)の呼吸や酒場のノミュニケイションによる情報交換や意思の疎通などに頼るだけでは、これからの産業構造の変化のなかで、組織論の不在をカバーしていけるものではない。日本陸軍の組織論不在は、組織は牙(きば)をむく、組織は目的から逸脱する、組織は統一行動をしないものである、などさまざまな欠陥をもつことを教訓として知ることができる。  また日本陸軍のリーダーシップは、命令の絶対性を強調するあまり、愛の統率を忘れていた。陸軍に人間的統率がなかったのは、「義は山獄より重く、死は鴻毛(オオトリの羽、きわめて軽いもののたとえ)より軽し」の軍人勅論に基づくが、愛の統率の根源は生命の尊厳、人間尊重の思想である。徳川時代の死の美学を重んずる武士道を継承した日本陸軍にそれを求めるのは無理だったかもしれないが、ここにも現代のリーダーシップを考えるうえで、大きな教訓が残されている。  日本陸軍を批判し罵倒するのはよい。だが日本近代史の骨格は、日本陸軍史であるといえるほどの高い比重を占めていたという厳然たる事実がある以上、これからの日本にとって参考とすべき多くの教訓を引き出すことができるのである。それを活かしてこそ過去は現代に役立つのだ。  また歴史には絶縁がないのだから、戦後の企業や行政の組織と行動様式の点検と改善に示唆するところも少なしとはしないだろう。太平洋戦争の直前に陸軍士官学校を卒業し、日本陸軍の下級指揮官として太平洋戦争を戦った筆者は、日本陸軍に限りない愛着をもつと同時に、またその後の陸上自衛隊の勤務および退官後の兵法研究を通じて学んだ知識から、さまざまな批判をもつものである。
武岡先生著 ---- 「日本陸軍史百題」 なぜ敗けたのか   亜紀書房 1985年7月)より----

統帥綱領入門 - 会社の運命を決するものはトップにあり -

「将官」と「参謀」のために説かれた門外不出の国軍統帥の大綱 -- 統帥綱領 --統帥綱領

一 将帥と幕僚 統帥綱領入門

6 将帥の具備すべき資性としては、堅確強烈なる意志およびその実行力を第一とし、至誠高邁なる品性、全責任を担当する勇気、熟慮ある大胆、先見洞察の機眼、人を見る明識、他人より優越しありとの自信、非凡なる戦略的識見、卓越せる創造力、適切なる総合力を必要とする。

敵に勝つことを第一とする将帥に最も必要な性質能力は、堅確なる意志とその実行力で、これこそ人を支配し、戦場の主人公となる第一の要件である。古来、わが国で名将といわれた人々は、ただ堅確強烈な意志、剛勇等において卓越していたばかりでなく、人徳を備えていたことは事実である。しかしいかに人徳を備えていても、全責任を負う勇気がなくては、部下を統率することはできない。下級指揮官に行動の自由を与えた場合でも、その結果に関する責任は、つねに上級指揮官がこれを負わねばならない。利益をあげることのできない者は経営者の資格はない。従って経営者には商才が必要である。しかし商才があるだけでは、組織を動かして利益をあげることは不可能である。将帥は卓越せる戦略的創造力と戦略的識見をもつことが必要であるが、これらは戦術的能力のように、平時において練磨し発揮する機会がなく、また、平時におけるこれら(戦略的創造・戦略的識見)は戦時においてはほとんど用をなさないので、泰平が続くとともに、適格でない将帥が出現しやすい。 -- 略 -- 平時の敏腕にも似ず、実戦場裡において失敗する将帥共通の欠点は、戦勢の推移を支配する要機を看破できず、状況の変転に翻弄され、細事に拘わって大綱を逸する点にある。

二 将帥の要綱

28 ある前提のもとに合理的な計画または方策を策定するのは、実は、そんなに難しいことではない。ほんとうに難しいのは、意外な事変・錯誤・障害の圧迫下に立ち、真偽不明、万事不確実で、混沌たる情勢のうちに一道の光明を発見し、戦いの真相を捕捉し、機を失せず規定の計画などに至当なる修正または改変を加えて、実況に適応させ、しかも根本目的を逸しないことである。

-- 略 --、 計画の実行には障害がつきものであり、リーダーたる人間の役目は、これをいかに処理するかにある。経営者が不況を歎くのはおかしい。好況時の会社は経営者などいなくても動く。経営者は不況時のためにあるもので、倒産の危機に際会したら「待ちかねた! 今こそ出番」と勇み立つべきと思う。計画の障害には、予期したものと、予期しないものとあるが、われわれは予期した障害に当面したときにもあわてることが多い。こんなときには錯覚を起こし、いらぬ手を打って、かえって事態を悪化させてしまう。異様な事態に不意に当面したときには、立案の基礎条件を思い出すことで、これに変化のない限り、何事が起ろうとも、予定どおり実行する英知と度胸を持たねばならない。

大橋先生著----「統帥綱領入門 」(PHP 文庫 2014年11月)より ----

新釈 孫子

「新釈孫子」人生にいかす究極の兵法 (2000年PHP文庫)

 二五〇〇年前の兵書がなぜこのように現代に通ずるか。他の古典はそうでないとはいわないが、『孫子』の場合は顕著である。理由はいくつかある。 その第一は、兵書でありながら戦争を人類の敵とみていて、好戦的でないことだ。これは『孫子』を熟読した結果わかったことである。著者の孫武は、人間は安定した社会体制の下で協同で仕事をして豊かな人生を送り、天寿を全うするのが最も望ましいと考えていたようだ。黄河文明の研究成果と思うが、安定した豊かな人生を送るのが幸福とみていることはまことに現代的である。 しかしこの考え方は、身分制度の厳しい乱世の春秋時代の社会通念下では異端である。だから当時の社会の歴史学的研究からは、『孫子』はかえって理解しにくいのではないかとさえ思う。『孫子』の理解には、むしろ『孫子』そのものを熟読玩味するしかないのではないか。それだけ『孫子』の著者の意識は進んでいたのである。
 天野鎮雄博士は、「孫子は宇宙の目から戦争を捉えている」と述べているが、換言すれば、「現代的センス」で戦争を捉えているということではなかろうか。第二は自然界の原理や人間の性をよく研究し、その仕組みやルールに余計な彩りを加えずに用兵原則を作っていることだ。自然界の原理や人間の性は、二五〇〇年前も今も変わらない。むしろ物質文明が進んでいないだけに、自然界の仕組やルールは捉えやすい。とはいえ慎重な『孫子』は、それを『易』の二元論を研究し、黄河文明を作った原理から捉えているのである。
中略・・・このように『孫子』はすぐれた書である。だが現代の書物に比し、"簡古隠微"(かんこいんび、簡単で古色を帯び、実体がかすかでわかりにくい)といわれるほど解読がむずかしい。簡潔すぎる文章の壁、兵書解読に必要な軍事知識の壁、それも目に見える戦術的用兵ではなく、その奥にあって戦術的用兵を動かしている戦略原理の壁である。
さらにその戦略原則を処世、経営、ビジネス面に活かすには、軍事と経済常識をもってする橋渡しが必要だ。これらの障害除去は、大地震直後の瓦礫に埋もれた人命救出にも似ているが、その瓦礫を少しでも取り除いて、読者諸賢の理解を容易にするように努めたのが本文庫版である。

-- 武岡先生「 新釈 孫子 」(PHP文庫 2000年(H12)6月 おわりに・本書を活用し「孫子」を学ぶ人へより --

兵法と戦略のすべて兵法と戦略のすべて

孫子からランチェスターまで戦略的発想・思考法が身につく!兵法と戦略のすべて (1987年 日本実業出版社)
Q 兵法を学べば、何が得られますか  兵法と戦略のすべて兵法と戦略のすべて A 「統帥の中心たり、原動力たるものは、実に将帥にして、古来、軍の勝敗は、その軍隊よりも、むしろ将帥に負うところ大なり」これは旧軍の『統帥綱領』の一節です。リーダーの重要性を述べたものですが、三菱電機名誉会長の進藤貞和氏が、日本経済新聞社の「私の履歴書」のなかで、たいへん感銘をうけたとして述べておられる箇所です。ところで、一般に兵法を学んだ人たちは、主として経営者、ビジネスマンですが、次のような感想をもっています。第一は、自分が「こうではないか」と体験によって感じていたことが、兵書に記述されていると、それを、さらに強く確信できることです。 第二は、今まで聞いたことのない考え方や、原則、方法あるいは問題の捉え方や解決法を学んで新しい視野が開け、着眼点がわかり、経営やビジネスあるいは処世に自信がでてくることです。 兵法を学んだ人が、このような所見をもつのは兵書や戦史、戦例がそれだけ信頼するに足る重みをもっているからです。兵書は、すべて血と汗の中から選び出されたもので、しかも、多くの類書の中から、長い風雪に耐えて現代に伝えられたものだけに、洋の東西を越え、古今に通ずる深遠な合理性をもっているのです。 兵書は表現が難解かもしれません。また、学問的論述に欠けているように思われるかもしれません。しかし、それは表面的なことです。真理は奥深いものと考え、中途半端であきらめずにその極意をつかんでください。
武岡先生著----「兵法と戦略のすべて兵法と戦略のすべて 」日本実業出版社 1987年10月)より ----

マキャベリ兵法- PHP文庫より電子書籍完成 - 配信中 !!

「マキャベリ兵法」--君主は愛されるよりも恐れられよ(2013年 PHP文庫)

彼の言葉は非情痛烈で、人間の本質をふまえており、われわれとしても、正直思いあたるところが少なくなく、まさにわれわれ自身のはらわたをつかみ出して見せつけられる思いがする。 マキャベリの本を読むと溜息が出る。そしてつくづく思うことは人間の偉大さと愚かしさである。人間は偉大であり、知恵を持ち、すばらしい仕事をするが、一つ調子が狂うと愚劣きわまることに没頭する。特に集団で動く場合にはそれがひどく、結局痛い目にあわないと、破滅への突進をやめない。しかし、これが人間の本来の姿であるとすればやむを得ない。マキャベリは、あらゆる虚飾をはぎとった人間本来の姿を直視して、手落ちのない対策を用意する必要を説いているのであり、決して悪徳をすすめているのではない。

〇 積極的に立ち向かえ(政略論-78・83、君主論-50)一五一二年、神聖同盟軍が北イタリアでフランスと戦った時のフィレンツェのように、結局は無関係であることを許されない場合には、君主は断然どちらかの味方をしなければならない。本来、いかなる国でも、常に安全策をとってばかりはいられず、むしろ、いつも冒険策を選ばねばならないものと考えるべきで、世の中のことは、当面の苦難を回避すれば、その後なんの苦難にもあわないですむというわけにはいかないのである。しょせん避けられない苦難であるとすれば、進んでこれに立ち向かい、よくその実態を確かめ、なるべく損害の少ないようにこれを処理することを考えるのが賢明である。

〇 運命を管理せよ(君主論-61)運命は河である 運命には勝てないといわれているが、運命が支配できるのは人間の半分だけで、あとの半分は、運命もわれわれ自身の支配にまかせている。運命は河である。怒り出すと手に負えないが、堤防やダムによってその猛威をそらすことはできる。時勢に乗れ 君主自身には何の変りもなく、運命に任せきっているのに、今日栄えている者が明日滅びるようなことがよく起きるのはなぜだろう。それは運命の方が変るからである。運命にまかせている者は運命と盛衰をともにする。運命を無視して全然変らない者はある時は栄え、ある時は滅びる。運命の変転と自分のやり方の調和に成功した者だけが、いつも幸福でおれることになる。変化する時勢に自分のやり方を調和させることができるかどうかが、君主の成功不成功を決する鍵であるが、これがまたなかなかむずかしい。人間はその本来の性質を変えることのできないものであり、特に今まで成功してきた方法を放棄する決断が不足するのは残念である。そのため多くの人が、時勢の変転に調和できなくて不幸になっている。

〇 君主は将軍の名声を喜ばない(政略論-27)君主は疑い深く、自分の地位が危なくなるのではないか?とつねに心配しているものである。戦地に派遣された将軍が大勝して名声を博すると、君主はまず喜び、次に不安を感じる。そして、いったん芽生えたこの不信感は、戦勝将軍の思い上がった言動に刺激されるようなことでもあれば、いよいよ高まるばかりになる。元来、君主というものは、自分の地位の安泰ということを第一に考え、そのためには手段を選ばない通有性がある。したがって不信感が爆発すると、感謝しなければならない戦勝将軍を殺したり、その名声を落とす策謀までもしかねない。-中略ーこのように、常識では考えられないほどの猜疑心は、どんな人でも君主になれば、その心の底には必ず持つことになる、いわば君主に備わった本性であって、いかに自戒しても、この悪徳から逃れ切ることはできない。それに、功績に酬いることは大変な負担になるが、功績を罰することは楽であり、金もかからないし、財産没収などによる利益もある。君主のために大きな働きをした名将たちが、意外に不幸な末路をたどることの多いのは、このためである。出征将軍を信じ、これに酬いることのできない君主は、初期ローマの皇帝のように、自ら外征軍の陣頭に立つべきである。軍の指揮をとろうともせず、宮中にあって徒らに猜疑心や嫉妬心に苦しむことなど、まことに愚かなことである。君主がこのように愚かなものであるとすれば、その部下たる出征将軍の生きる道は次の二つよりほかない。一、勝利を得たらすぐ戦列をはなれて君主のもとに帰り、おとなしくしていて、功績を誇るような素振りも見せない。二、戦勝によって得たものの一切を自分のものにして、君主に渡さず、独立自衛の策をたてる。多くの将軍は、この二策のどちらにも徹底できず、中途半端な行動に出て自滅する。

大橋先生著----「 マキャベリ兵法 」(PHP 文庫 2013年11月)より ----
 

経営幹部 100の兵法 - PHP文庫より電子書籍完成 - 配信中 !!

昭和の数多の経営者を成功に導いた「兵法経営論」のエッセンスがいま甦る!

5 理想をもて

経営者が理想をもっていないと、気持ちがいやしくなり、少しばかりの成功に満足して浪費をし、ついには部下と利益を争って、統率力を失うようになる。経営幹部100の兵法 私は貧乏人をなくしたい  昭和十一年の二・二六事件で処刑された友人が、「兵隊はなぜ貧乏人ばかりなのだ」と、悲痛な叫びを残して死んだのに当面し、ひじょうなショックを受けた。それ以来私は、世の中から貧乏人をなくしたいと念願してきたが、たまたま昭和二十六年、現在の会社の経営を担当することになったのを好機とし、その一部でも実現してみようと思いたった。しかし、私は人に施すつもりはない。働く舞台を提供し、利益を獲得する機会を与え、いっしょに努力して、その成果を分け合おうという主義なのである。 経営者が、できるだけ賃金を低く押さえて利益をあげようとし、社員が際限なく高給を欲するのと、真っ正面からぶつかったのでは、労使の賃金争いは永久に絶えることはない。そこでわれわれは、会社の生産高(付加価値総額)中に賃金の占める割合をきめてしまった。すなわち、分け前を争うことにはエネルギーを使わないで、分け前の源泉をふやすことに向かい、共同して努力しようというのである。

89 合従(がっしょう)の策

合従は蘇秦の唱えた策で、次項の連衡(れんこう)とともに戦国策の中枢思想をなすものであり、その趣旨は、「諸小国は大国秦の侵略に備え、連合戦線を結成して戦うべきだ」というにある。蘇秦の論拠は次のとおりである。中国斉に対して合従は貴国と大国秦とは共存できないのです。「両雄ならび立たず」といわれているとおり、貴国が強くなれば秦は弱くなり、秦が強くなれば貴国は弱くなる理屈で、いつかは戦わねばならない宿命にあります。そうであるとすれば、他の小国を集めて統一戦線をつくり、力を合わせて秦に対抗すべきではありませんか。自信をもちなさい。秦は強大とはいっても、六国の力をあわせたものには、はるかに及ばないのです。小国に対しては貴国は大国秦に対しては風前の灯火であり、助かる道はただ一つしかありません。それは秦を共同の敵とする友邦と連合することです。小国でも力を合わせれば、大国より強大になれます。また、連衡策をとって、大国の庇護を受けるためには、領土を献じなければならないが、これは結局、敵国を強くすることになります。同じく献ずるならば、合従策の中心となる国に献じ、味方を強くすべきではないでしょうか。どの業界でもナンバー1の会社は断然強く、したがってナンバー2以下の会社は合従策を考えねばならないことが多い。なお、周恩来が、アジア・アフリカの多数の小国を糾合して、アメリカを攻め、国連の議席を獲得したのは合従の策であり、そのアメリカと米中会談をしたのは、次に述べる連衡の策である。

90 連衡(れんこう)の策

この策の狙いは各個撃破である。多くの小国が連合して抵抗しようとするのに対し、大国秦は小国の一つと結ぶことによって、その統一戦線を分断し、全小国を一つずつ逐次に処理しようというのである。連衡連衡策の提唱者・張儀は秦王の特使となり、中国斉の宣王をまず説得して、秦にしたがわせることに成功した。彼の論旨は次の二点である。 一、斉は早く秦と結ばないと危ない。斉がぐずぐずしていると、秦は小国の韓、魏と先に手を結んで、三方から斉を攻め立てる。 二、小国が大国と戦えば、たとえ勝っても損である。戦力十の小国が戦力百の大国と戦って勝ち、一戦ごとに小国は五、大国は十の損害を受けるとしても、二回戦えば、両国の戦力比は零対八十となる。すなわち小国の戦勝は虚名であり、その実は滅亡である。連衡の策に乗るような、愚かな小国があろうなどとは、常識では考えられないが、現実には結構ある。ある会社を乗っ取ろうとするときにいちばん困るのは、その混乱にまぎれて、会社の人間や資産が離散することである。こんなときには有力な幹部一人を狙い、「今後の経営は君にまかせるから・・」などと、好餌をちらつかせて、とりまとめさせるのである。無傷で乗っ取ってしまってからの彼の運命は目にみえているのであるが、人間にはうぬぼれというものがあるから、「あなただけは味方だ・・」などと甘い言葉をささやかれると、つい盲目になる。

大橋先生著----「 経営幹部 100の兵法 」(PHP 文庫 2013年8月)より ----

戦いの原則
「戦いの原則」―人間関係学から組織運営の妙まで (1986年)
戦いの原則 一般に、人との争いごと、戦いは、罪悪だとされている。だからこそ、公に「戦いのセオリー」が教えられたりすることは、まずはあり得ない。 ところが、一歩社会に足を踏み出せば、そこは相次ぐ戦いの巷である。皮肉な見方をすれば、通常の戦場ではまず見られない、味方(同僚)同士の足の引っぱり合いも日常茶飯事となる。この落差に、心ある人は誰しもひどく戸惑う。受験戦争の渦中にある若者が、クラスメートが病気になるのを願ったりする。職場で、気に入らない上司を、バットで殴りつけたサラリーマンもいた。すでに強者の立場にある農協、あるいは巨大労組が、一揆的な弱者の戦法で戦うのを見ていると、何ともそぐわない気がしてくる。これらは皆、戦いの原則 を知らないための悲喜劇である。 争いごとは、確かに悪である。避けられれば、それに越したことはない。しかし、職場の些細なトラブルをはじめ、我われの日常は、程度の差こそあれ戦いの連続から成っている。それが悲しい凡夫の性であり、人の世の実相であるとするならば、戦いの原則に通じ、無用の軋轢を避けることが、次なる善ではあるまいか。とまれ、戦ってはならないが、戦わざるを得ない現実、これにうまく処していくには、先人の貴重な遺産である古典、兵書を、現代的な視点から見直してみるべきだろう。 古今東西の「兵書」は、小はごく日常的な人間関係術から、大は国家という巨大組織の戦略に至るまで、この「 戦いの原則 」を、さまざまな比喩や具体例を通じ、言葉巧みに説き明かした人間学の宝庫である。 「兵書」と呼ばれるものは、世界には無数ある。しかし我われは、『孫子』『君主論』『政略論』『戦争論』『統帥綱領』『統帥参考』『作戦要務令』の概要に通じればいいと思う。本書では、これらに主として力点を置いて書いた。ただ、これだけでは戦う組織を率いるリーダー論、統率論が多少足りないため、『論語』『孟子』『老子』『荘子』『荀子』『韓非子』を加えて補完した。また、日本人が伝統的に弱い策略・謀略関係については、『戦国策』『三十六計』『鬼谷子』、兵法の特異な部門については、『闘戦経』『呉子』『尉繚子』『六韜』『三略』に筆をのばし、補った。これだけマスターすれば、あまり周囲に迷惑をかけずに、本来戦いとなるべきものも、戦わないで処理できるはずである。
大橋先生著 --「戦いの原則」(プレジデント社1986年11月)(PHP文庫 2001年10月)--- まえがき・はじめにより ---
 
「 兆候を読む!」
兆候を読む!―繁栄と衰亡の兆候をどう見分けるか(1986年)

見える兆候で見えない本体を見る!! 

 将来を予測するには、予想できる変化を推理し、可能性のある動き(可能行動)を仮説し、その兆候の有無を探求するアクティブな手法(「状況判断」・兆候分析・意義分析)が欠かせない ・・・・ 。「晴天の霹靂(へきれき)」という言葉がある。晴れた日に、突然鳴り渡って、人々の度肝を抜く "かみなり" のことだ。思いもよらぬことが、唐突に起こる意外性の漢語的表現だ。兆候に関して言えば、兆候がまったく現れずに、いきなり "本体" が降ってくることだ。この「晴天の霹靂」という言葉が麗麗しく存在していること自体、多くのことは皆、前触れがあるという証拠だ。しかし、本当に何の前触れもなく、突如として晴天の霹靂のような出来事が起こるだろうか。この"かみなり"だって人間が気づかないだけで、実際には雷雲の発生によっておきたのである。「合戦」で不意打ちのことを奇襲というが、これとて討たれる側が油断して気づかなかっただけだ。・・・ 本書を書き終わって痛感することは、兆候のもつ意味の重さである。先見洞察が、実は兆候をキャッチするものであったり、背信の兆候が組織活動にこんなに影響を及ぼすものとは思いもしなかった。情報活動を攻撃的にするポイントが、実は兆候であることも書いているうちに確信した。このように兆候は情報活動の中で重要であるにもかかわらず、兆候に敏感な日本人がその効果に気付いていないことは、これまで兆候に関するデータが殆ど出てないことでもわかる。原因はどこにあるだろうかと、執筆中しばしば考えた。結局、そのもとである「情報」に対する意識が、ハードに片寄りすぎているからではないかという気がした。とはいえ、それぞれの専門分野(気象・医療・経済・等々)では決して不勉強ではないし、方法も決して欧米に引けをとるものではないこともわかった。ただそれが、それぞれの専門分野の中で閉ざされたままで、他の「社会公理」として活かされていないところに問題があるようだ。業際化の波も、まだこのソフト面にまではおよんでないわけだ。ともあれ、本書の研究成果は、多くの図書のたまものである。ここに参考文献としてかかげた本の著者の方々には厚く御礼を申し上げる。
武岡先生著---兆候を読む!(マネジメント社1986年(S61)6月)より---

戦略と謀略

ピンチをチャンスに変えた六つの国家戦略
戦略と謀略―正をもって合し,奇をもって勝つ (1978年)
「ピンチはチャンスなり」である。ピンチとチャンスは同じ姿をしている。そのため、同じ状況でも、名将はこれをチャンスと見、凡将の目にはピンチにうつるよ うなことがおきるのである。戦略と謀略 われわれの場合でも、絶対絶命のピンチが、心のおき所を変えて見直すことによってチャンスに変わることが多い。どうしてもチャン スに変わらない場合には、チャンスに変えるに必要な手を打たねばならない。わが国史上最大のピンチといわれる日露戦争においては、われわれの父祖は六つの戦 略を総合行使して、これをチャンスに変えるという、国家戦略の傑作を演出している。総合戦略は非常に効果的である。各戦略が相互に反応して、爆発的なエネル ギーを発揮するからである。なお「正を以て合し、奇を以て勝つ - 孫子 - 」といわれているように、総合戦略のそれぞれは違った性質のものが必要である。もち ろん謀略もその中に入るが、謀略の本来は「人をだますこと」ではない。激烈で複雑な国際競争の行われている世界で、国家として生きていくためには、たんなる 政治・外交・戦略・戦術ではなく、これらを総合したもっと強力・広範で、人間の本質を踏まえた国家戦略というものが必要である。・・・・ほんとうに疲れた。 ・・・・今までのどの本を書いた時よりも、くたくたになってしまった。どうも不思議である。事実をそのまま書きならべているだけなのに、非常な迫力を感じて 、圧倒されるのである。必死の思いの人間が、全力をつくしてやりとげた、すさまじい事実が展開してくるからであろう。・・・・・・各国庶民の交流が平和のも とである。この当時、(明治37年・日露戦争当時)アメリカ人は熱狂的に日本贔屓であった。あれを思えば、今日、密接な経済協力関係にあり、日米安保の友好 を保持しているのは当然で、先年の太平洋戦争などは、どうしてああなったものか?むしろ理解に苦しむものがある。また大東亜戦争後、スターリンは満州に大軍 を進めて「日露戦争の仇を討った」と呼号し、多くの日本人をシベリアに連行して苦しめたが、これもおかしい。日露戦争が日本とソ連の合作であることは、ソ連 共産党史上でも明瞭であり、レーニンなどの下で活躍したスターリン青年は、自らの経験で承知しているはずである。国家関係の調整は首脳者間の折衝だけでは十 分に行われない。政治家は時に心にもないことを言い、国家代表を意識した者の発言では、本心を伝えあうことは困難で、ともすれば誤解を生みやすい。庶民の直 接交流が必要だと、この頃とくに痛感する次第である。
大橋先生著---「戦略と謀略」(マネジメント社1978年(S53)11月)--まえがき・書きおえてより ---

大橋先生の著書 武岡先生の著書
   
「兵書抜粋」「闘戦経」は電子書籍です。

兵書には兵法すなわち兵学と兵術が書かれてある。兵学とは戦いの理論と哲学で、兵術とは兵学を実行する術策であり、文字に表現しつくせないものが多分にある。
兵法の要は、集団を率いて戦勝を獲得することにあり、「戦わずして勝つ」ことをもって最上とする。戦って勝つための鍵は、我が優勢をもって敵の劣勢を討つにあるが、この優勢はたんに有形の要素だけでなく、無形の要素によってきまることが多い。たとえば不意を突かれた軍はつねに劣勢である。無形の要素は、生命の危険を前提とする戦いの場面において、想像を絶する大威力を発揮するもので、有形の要素の格段の差が有無を言わせぬ猛威をふるうのも、それが人間に絶望感を与えるためでもある。兵法は、本来、性悪説によっている。性善説で粉飾しているものもあるが、これは無理である。とくに統率のためには、将兵の忠誠心や勇敢さが貴重であり、それを養うことに努力しなければならないが、極限状態に陥った人間は、その良識が管制力を失って本能をむき出しにすることを認識し、手抜かりのないように考えておく必要があり、現に信賞必罰を説かない兵書はないのである。性善説を表看板とする日本軍の統帥綱領や作戦要務令も、武士道や軍人精神の修養練磨という事前の準備を強く要請するとともに、厳正なる軍紀(積極的責務遂行心)の必要を高唱し、峻烈なる軍律によって裏づけしている。
 兵法は時代とともに進化していくものであるが、そのなかに不動の部分がある。それは真理と人間の本質に根を下ろしたもので、百年千年の風雪に堪えて来ており、今後もますます輝き続けていくであろう。本書に抜粋集録したものはこれである。
 なお、兵書は、時世に恵まれた一人の天才が、多くの人の経験を集めて単純化し、ある主張のもとに編集したもので、たとえば孫子の兵法も、そのすべてを孫武が開発したものではなく、いわば彼は編者である。したがって協力者の参画があったろうし、テクニックに属するものには、伝承者の手による後世の修正加除もありうるわけである。
 兵法は、たんに戦いの場だけでなく、政治の運営、企業の経営はもちろん、我々が人生を生きがいのあるものにするためにも、そのまま役に立つ。政治も企業も戦いも、要は組織の効果的な運用であり、また、人生は苦難の連続で、我々はこれに打ち勝たねば生きていけないし、打ち勝つことによって、初めて真の喜びを感ずるものだからである。

-- 兵書抜粋 まえがきより --

「闘戦経」を世に出すようになった経緯
 「闘戦経」は幸いにして先覚の士により、明治にいたってその存在が確められ、海軍兵学校の手に移るにおよんで、昭和九年に木版刷にされたものが若干篤学の士に渡り、さらにその活字化されたものの一本が偶然私(大橋)の所へ来たのである。それは私が東部軍参謀時代の参謀長高島辰彦氏の好意で、戦後「兵法的思考による経営」を研究している私のことを聞かれ、昭和三十七年十月二日に氏秘蔵の一本を下さったのである。氏を中心とするグループはかねてからこの本を研究しておられたようで、篤学の士の訳までついていた。
 それから十八年後の昭和五十五年十月から、はからずも私はブレーン・ダイナミックス社の前田滋社長の後援により、帝国ホテルと丸の内ホテルで兵法経営塾を開講しているが、熱心な方々が全国から集まられ、ついに昭和五十七年には三年研修生が出ることになった。その結果、今までより高度の兵法研究を行なうことになり、その対象として、中国の「鬼谷子」と日本の「闘戦経」が浮かびあがってきた。いずれも古代の幻の兵書であり、難解である。しかし私は数年前からこの両書を研究していたので、この際これをまとめて本にして教材に使いたいと思い、「鬼谷子」は徳間書店の厚意にあまえて刊行することにし、「闘戦経」は、紙数が少なくて刊行対象にならないため、自費出版をすることに踏み切った次第である。なお大江匡房の文章は現代人にわかりやすいように書き直し、さらに解説と私の考えを付記しておいた。
 古人の序文に「将来、天機秀発して、後世、しかるべき人に知られるのを待つのみ」とあるが、この八百余年も前の人の悲願が今達成の機を得ることになるかと思えばまことに感慨無量であり、また筆をとる者としてまことに冥利につきる思いがする。
 なお、私は暗号解読も同様の苦心をして勉強したが、まだまだ不十分なところが多く、結局、私の仕事は「こんな本がある」ということを世の中に紹介するにとどまったようである。私もまた先人の例にならい、将来いつか達識の士が現れて、この本の主張するところをさらに効果的に活用する途を聞かれんことを期待する。
 なお、あとがきにある大江元綱の言のように、この本は「熟読永久にして、自然に関を脱するを得べし」であり、わからないところはじーっと睨み、繰り返し読みつづけていれば、日本人であるかぎり、いつとはなしにその意味が脳裡に浮かんでくるものであり、読者の不屈の挑戦を念願する次第である。

-- 「闘戦経」を考えるより --

この作品(兵書抜粋)は、1962年に出版されベストセラーとなった「兵法で経営する」を 1977年8月にビジネス社より復刊されるにあたり、付録として新たに書き下ろされたものです。 1980年に開講された「兵法経営塾」の基本教科書(私家版・兵書抜粋)として塾生に下賜されたものをこの度、御遺族(著作権継承者)のご了解を得て電子書籍として作成・編集させて頂きました。

2013年2月26日

http://www.heihou.com/ 「兵法塾」

この作品(闘戦経 大江匡房・著伝 大橋武夫・解説)は、1982年に私家版として出版され 1980年より開講された兵法経営塾の研究対象及び教科書として研修生に下賜されたものです。 1984年4月にマネジメント社から出版された「兵法経営塾」の付録としても掲載されました。この度、御遺族(著作権継承者)のご了解を得て電子書籍として作成・編集させて頂きました。

2013年2月26日

http://www.heihou.com/ 「兵法塾」

 

 

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http://www.heihou.com/

 

立花宗茂

「兵法経営塾」

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